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2006/08/13(Sun.) [長年日記]

[ETilog9][Train] リアス・シーライナーに乗る

(追記:2019/3/31)オリジナルサイズ写真へのリンクを付し初回公開時に公開していない写真も含めた完全版に更新しています(詳細


岩手に来て5年。だいぶ岩手県内の各地に行く機会に恵まれた。とは言っても、普段は車で7分という職住近接環境を享受しているので生活圏は限られている。なんでいろいろなところへ行くことが出来たかと言えば、東京から来る友人が岩手にやってくるときに、一緒に観光したおかげである。私を訪ねて来てくれるだけでも、彼らには感謝、の一言である。

岩手県内でも市町村合併が進んだおかげで、たいていの市町村を制覇したことになっていった。だが、それでも私の及ばない地域があった。三陸沿岸北部、久慈や種市のあたりである。今年で私は岩手を離れてしまう。岩手最後の夏、ここは私がひそかに狙い始めている「JR全線乗り潰し」の一端として、八戸線や気仙沼線にもあわせて乗ろう、となるとおのずから三陸鉄道の季節列車「リアス・シーライナー」に乗るのが良いということになるのであった。

しかしながら、私は先立つものに恵まれてない。だから、これまで乗りに行くことも出来なかった。ただ、今年は岩手最終年。いよいよ清水の舞台から飛び降りた。

私の自宅は盛岡周辺にある。1日で、リアス・シーライナーを仙台-八戸間を乗り通した上で、出来るだけ安く、なおかつ1日で帰ってくるにはどういうプランが良いか。上りで行くべきか、下りで行くべきか。いろいろ考えた結果、次のような旅程となった。

盛岡0716→→(はやて93号)→→→→→→八戸0749
八戸0811→→(リアス・シーライナー)→仙台1814
仙台1857→→(東北本線)→→→→→→→一ノ関2035
一ノ関2113→(東北本線)→→→→→→→盛岡2245   


そんなわけで8月3日朝、盛岡駅へと向かった。青春18きっぷと盛岡-八戸間のきっぷを購入。IGRと東北新幹線の差額が500円と変わらないのは、相変わらずショックである。東京方面へ向かう新幹線ホームに既に入線しているはやて号へ。自由席のあるレアなはやてである。

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発車20分前に列車に乗り込んだが、すでに窓側席はすべて埋まる混雑。発車の頃には3列シートのB席以外ほぼ埋まる混雑ぶり。平日のみの運転とは思えない。

盛岡を出たときには雨がちらついていたが、一戸トンネルを越えるとそれまでの天気が一変、すかっとした青空がのぞいた。列車は二戸駅に停車。ここで、ずいぶん降りた。早朝の二戸に、ここまでのビジネス需要があるのかと、驚いた。

八戸駅にさしかかる。だが、車内アナウンスの接続列車案内でリアス・シーライナーが案内されない。少しばかり不安になる。


八戸駅到着。駅構内は、開催中の八戸三社大祭で装飾されていた。

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リアス・シーライナーがきちんと電光表示に出ている。一安心。

発車ホームには、何人かシーライナー待ちの人がすでにいた。鉄分濃そうな人よりは、定年後の観光目的の方のほうが多いふうだった。

列車入線。

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リアス・シーライナーの上り仙台行きは、久慈まで3両編成で運転される。私は、とりあえず3両めの進行方向左側座席を確保した。乗り込んだ人は例外なく左側を確保していた。仙台行きであれば、ほぼずっと*1進行方向左側の座席が景色が良い。

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列車は定刻どおりに出発。が、発車してすぐに列車交換で駅でない部分で10分以上待たされる。発車を遅らせることは出来ない仕組みだろうか。

本八戸駅へ。八戸行き列車はなかなかに人が乗っていた。車窓から見えるバスプールには、人は少ないようだった。だが、本八戸を発車しても街は長々と続くのである。八戸よく分からん。

市街は徐々に収束し、きれいな海が車窓にひろがる。

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種差海岸駅から。漁船も多い。

ここからは、初到達の市町村が続く。

階上駅に停車した。駅は市街からは離れているようで、発車してすぐ林に突入するのだが、それでも家が連なっている。八戸のベッドタウンとして、港と住宅街が混在している。駅でドコモの電波が入りづらく、ウィルコムの電波がバリ5だったのが印象に残った。

種市へ。ここは、今は洋野町となった。旧日本兵が帰還してきたのは旧大野村、母娘殺害事件があったのは、旧種市町だったが、岩手の中では全国ニュースにちょくちょく出てきていたのが現状である。種市駅は、町の中心らしい風格ある駅だった。駅からは建物が連なっていたが、商店街だろうか。ただ、街の広がりは列車から見た限りでは見受けられなかった。八戸市との経済的つながりを見たうえで、久慈との合併を拒否して(広域合併をも見据えて)洋野町をつくったのである。久慈と八戸のバランスの上にあるのだろう。


そして、久慈へ。久慈市に入ったことで、岩手の市は全部最低でも通ったことがあることになる。だが、久慈駅の停車時間は8分で、しかもリアス海岸を望める進行方向左側の座席を離れるのは惜しく、降り立つことは出来なかった。久慈駅からは、JRから三陸鉄道に乗務員が交代した。

三鉄区間に入り、「チームけさんた」*2という、女性二人組の沿岸市町村のボランティアの方が解説を始める。解説の頻度は、だいたい各駅停車前毎で、駅から行ける名所を紹介するもの。バスガイドのようにずっと解説するものではなく、頻度としては気持ちよい。ただ、「なにぶん行き届かぬところも多いと思いますが」と謙遜を4回くらいしていたのが引っかかった。これもまた岩手の奥ゆかしさだろうか。

陸中野田駅到着。野田村は市町村合併で大混乱、市長のリコール騒ぎに発展した。だが、それは岩手ローカルな話題であったろう。村の平原のどまんなかにある駅で列車交換。のどかでいい。

ここで、車掌と、おそらくは移動で乗車しているだけと思われる三鉄職員の方がアンケート用紙を配布に来る。相当なやる気である。ここで、車掌の方に「三鉄1日とく割フリーパス」を求めた。これは、青春18きっぷを持っていれば、北リアス線用は900円、南リアス線用は530円で乗り降り自由のフリーパスを購入出来るというものである。以前は車中では販売されておらず、久慈駅でダッシュということもあったようだが、リアス・シーライナーにあかぎっては車中で買えた。ただ、北リアス線内では北リアス線用しか買えないとのことで、南リアス線用は南リアス線の区間で購入してほしいとのことだった。

列車は普代駅へ。ここで、チームけさんたの方たちは下車。最後の挨拶のときには車中から拍手が起こっていた。普代村も初探訪である。景勝地・北山崎への玄関のひとつでもある。


ここからは、トンネルも増える。普代から先の田老までは、北リアス線開業時に新規着工された区間、山がちなリアス海岸をトンネルで遠慮なく短絡する。

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安家川橋梁。差し掛かったところで、列車は徐行し始め、やがて停止した。「シャッターチャンスで御座います」と丁寧にアナウンスが入る。…いかにも観光客っぽいよなーと思いながらも、シャッターを切ってしまうのであった。時期によっては安家川に鮭の遡上をみることが出来るらしい。トンネルを多く通る北リアス線だが、ところどころに出てくる風景の価値が高まっていて、五能線のように途中でインフレ気味になるという贅沢なる事態にはならない。これもまた魅力なんだと思う。


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三陸鉄道から大沢橋梁を望む。田野畑の思惟大橋は何回か通ったことがあるが、下から見ることができればもっとすごいのかもしれない。陸中海岸は、ホント山の中だ。

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トンネル内ではイルミネーションが乗客を楽しませてくれる。見てお分かりいただけると思うが、結構なリクライニングシートである。これなら10時間の鉄旅も出来る。

ちなみに、先頭車両のリクライニングシートは色違い

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普代村を抜け、田野畑村へ。

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田野畑村には二つ駅があるが、4000人程度の人口の割にはどちらも主要駅扱いである。田野畑駅は北山崎への玄関口、鳥越駅は海水客需要か。列車は岩泉町へ。小本駅は、国道から見上げても堂々とポツンとホームがある駅で、前から通ってみたかった。


列車は田老駅へ。交換で少し時間待ちだというので、ここで初めて列車から降りてみる。

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田老駅は、国鉄宮古線時代の終着駅である。旧田老町は、おだやかな街が広がる、津波被害の歴史の暗さを感じない駅だが、心なしか田老駅は、「赤字ローカル線の終着駅」に相応しい品格がある。駅舎があるほうは交通量の多い国道1345号*3もあり寂しさはないのだが……

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田老駅を発車した段階で、検札を行う旨がアナウンスされる。なかなか検札がないものだから、いったいどこでやるんだろう? 下手したら青春18きっぷだけで北リアス線通り抜けられるんじゃないかとか思ってしまっていたのだが、そんなことはさすがにないようだ。だが、ここでフリーパスをようやく買う人もいた。車掌氏もとくになんとも言ってなかったが、それは客がアジア系東洋人だったせいだろうか。


小本駅で、岩泉の乳製品の売り子さんが乗ってきていた。乗客全員に岩手日報地域面沿岸ページのコピーを配っていた。岩泉でその手の乳製品に力を入れているというのは、意外と知らなかった。

宮古に向かう車中で、折り返し再度売りにきた。思えば、きょうは朝には何も食べていない。そこで、岩泉ヨーグルトを買って食べてみることにした。

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砂糖も入っていないが、たしかに甘い。酸っぱさもその分あるが、市販のヨーグルトでも似た程度の酸味かもしれない。だが、その酸味が甘さを演出してくれているのである。すごい。


列車は宮古に到着。

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宮古はいったい何回目だろうか。正直一番身近な三陸の都市である。駅のホームに降り立つと、三陸鉄道マイレール促進会の皆さんがうちわを渡してくれた。平日だと言うのにきちんと歓迎されたことを嬉しく感じた。

さすがに腹が減ってきたのだが、きょうも駅弁はなかった。魚元の駅弁は、盛岡駅以外で見たことがない*4。諦めて先頭車両に。座ったところで、後ろから慌ただしく弁当を売りにきていたが呼び止める間もなくその男性は立ち去っていった。思えば、宮古到着直前に乗っていた後部車両では、検札で「駅弁まだ?」ってお客さんが車掌に聞いていたっけ。ただ、快速列車なのに三鉄区間では北リアス線でも南リアス線でも車内販売があるというのはすごいことである*5。いやー、しかし後ろから売る法もあるまい。


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宮古駅からは、しばらくJRである。三鉄の人たちとマイレール利用促進会の人たちがそろって見送りをしてくれた。車内でも、手を振っている人が多かった。リアス・シーライナーは企画モノ列車のはずだが、心の交流が多い。乗ってよかったと思える心あたたまる風景だった。

車両にはこんなステッカーが。

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いよいよほんとうの赤字である。状況は、厳しい。沿線住民30万人が1回でも乗るということが意外と難しいのだ。マイカーに慣れてしまうと、鉄道で待つのが苦痛になってしまう。ただ、観光客は意外と鉄道を好む。自分が自動車運転下手ということを差し引いても、まず電車で移動出来ないか考えてしまうのが、首都圏在住の長い人間の癖というものではなかろうか。


さて、ここから先しばらくの山田(海)線は、以前乗っている。そんなわけで、せっかくの旅だが、ここを睡眠区間に当てることにした。なにせ、前日の真夜中前に3時間寝ただけで出てきているのである。南リアス線や気仙沼線など、未乗区間の風景は目に焼き付けておきたい。

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列車は釜石駅へ。

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さすがに飢餓に耐えかねてきたので駅の外に出る。ローソンが駅前にあったので買おうかと思ったが、少し離れているので停車時間的に不安がある。さてどうしたものかと思っていると、駅の立ち食いそばに売っているおにぎりが目についた。「このおにぎりも食券で買った方が良いですか」と聞くと、「ちょうどなら直接でもいいわよ」という。よく聞き取れなかったので、300円をわたすと、駅そばの小母さんはわざわざ外に出てきて、おつりを食券を券売機で買って私にわたしてくれた。恐縮であるが、優しさを感じることが出来た。私は、十分にお礼を言ったあと、キオスクで飲み物を買って列車に戻った。すでにホームに出ている人もなく、列車は乗り込んでしばらくしたら発車した。結構冷や汗のものだった。


唐丹駅に。まだ釜石市内のはずだが、ずいぶん海も山がちに、山側は林が多くなってきた。この駅も林の中にあるかんじだ。

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列車交換でしばらく止まっていたが、その交換相手は仙台から来た下りのリアス・シーライナーだった。

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下り列車の方が混雑していたように思う。客層も微妙に違うようだ。下り列車の多くの人が、上り列車の方を見ていた。同じようにシャッターを切っていた。おそらく、私以外の上りの列車の人も同じことをしていたのではあるまいか。これが、長距離列車の乗客同志の連帯感というものだろう。

南リアス線区間では、釜石を出ると既に検札が始まっていた。駅間も長い訳ではないので、車掌氏は、検札してきっぷを売ってドア開閉業務へ行ってと往復を繰り返していた。南リアス専用のフリーパスを買い求める。「30円ありませんか」と聞かれたが、釜石で10円玉を使い切ってしまって1000円札しかない。申し訳ない気持ちでない旨を伝えると、「少々お待ちください」と言って小銭を補充してきて売ってくれた。流石に切らすことはないのだろうが、同じような旅を考えてらっしゃる方は、素直に30円くらいはキープしておきたい。


盛駅に着く。上りシーライナーの盛での停車時間は短い。以前書いたが、三鉄区間の終着とは思えないこじんまりとした駅だ。この駅では、居並んでの見送りだとかいったものは確認出来なかった。しかし、南リアス線区間から来ると、この駅がやはり「ターミナル」だということが分かる。進行方向も変わり、座席を回転させる。

大船渡線区間からは、再び通過駅も増える。大船渡駅すらも通過していくのだ。これまでの乗車区間を比較してみると、八戸線……これは砂浜を見て走る区間もあるくらいだが、久慈近くの後半部はのどかな田舎を走るほのぼの区間だ。北リアス線は、山の中と海の断崖絶壁を走る路線である(笑)。山田(海)線が実は、海が意外と見える路線だったりする。山がちというほどでもない。海沿いに暮らす人々の家を見て走る。南リアス線も山中を走るが、見える海は皆どこも港のテイストである。大船渡線は予想以上に内地を走っているが、林の合間に見える海はそれぞれに景勝地で港の体ではない。


列車は大船渡線区間を一気に駆け抜け、気仙沼へ到着。気仙沼からは南三陸4号に併結、5両編成となる。

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増結した定期列車である快速・南三陸、その日は「1両目の冷房が効きません」とのアナウンスがあった。言われてみれば、リアス・シーライナーは八戸からずっと涼しかった。

ここで、少し力尽きて寝てしまう。気仙沼線も車窓の左側は雄大な港が広がっていることが多い。だが、右手に見える山がどんどん低くなり、水田が広がっていることが多くなっている。豊穣な宮城の米を想起した。気仙沼から、盛で開店した座席がどうもがくがくして不安定であったので、海が望める進行方向左側の座席を諦め、右側の座席へ移った。その左側の席には、母子が。疲れて眠る幼子に、自分の服をかけてあげるまだ若いお母さんの姿を見て、すこし切なくなった。


小牛田着。時刻表・パンフレットでは到着時刻が書かれておらず分からなかったのだが、下り東北本線の17時31分発一ノ関行き(543M)に接続しているようだった。これに乗れば、2時間弱早く家に帰れるのだが、一ノ関で1時間待ちを食らうのが痛い。仙台まで完乗を目指すこととした。小牛田からはノンストップで仙台へ。


仙台に着いた。

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仙台ではそんな時間もないので、ヨドバシカメラに寄ってみる。が、時間もあまりつぶれなかったので、さっさと東北本線へ。…すでに混んでいて座れない、発車20分前なのに。仕方なく立つ。隣駅の東仙台で、けっこう人が降りた。運がよければこの駅からでも座れるようだ。


一ノ関駅へ。40分近く待ち。いつもここは接続が悪い。いつも西口で飢餓になっているので、今回は東口に下りてみた。

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西口以上に何もありませんでした。本当に有難う御座いました。


一ノ関からは爆睡する。気がつけば北上。目の前をたいそうきれいな女性が降りていくのが見え、ぱっと目が覚めた。

盛岡へ。よく考えてみれば、さんさ踊りの期間中である。盛岡から先も混んでいるかと思ったが、きっぷも1人待ち程度で買えたし、4両に増結された列車も、混雑度はいつも以下だった。無事帰宅。


リアス・シーライナーは、企画モノトレインとしては大変に面白い。だが、時期がお盆とはずれており、家族連れを観光に巻き込めていないきらいがある。イベントも運転初日だけのものが少し多く、残念だ。リゾートしらかみの「蜃気楼ダイヤ」のようなものもないので、私のようにスルーでパスされることもしばしばだ。駅で列車交換の時間を要するところも多いので、駅のホームで金を落としてもらえるような仕組みがあれば面白い。

もちろん、宿泊込みの観光引き込みも当然必要である。事実、おいしい海鮮物を食し、のんびり旅するのが良いに決まっているのだ。この沿岸地域の人々は、かなりゆったりとした生活をしているように見える。だから、その人たちにとっては、慌ただしく浄土ヶ浜・北山崎・岩泉龍泉洞と渡り鳥旅行をしていく人たちが奇異に見えるそうなのである。ある種の哀れみさえも持たれているかもしれない。だが、そういった観光のときにも便利なのは、三鉄<バス<マイカーだったりするから困ったものである。逆に考えると、このゆったりとした流れを三陸鉄道で味わうのが、本当の「ゆとり」に違いない。40分くらい駅でぼーっとしても良さそうなものである。三鉄は、のどかな駅ばっかりである。きっと、悩み事も20分考えたら考えるのに飽きてしまうに違いない。人のあたたかみを知りながら海なのに山の中を味わえるのが、岩手県沿岸地域である。

*1 小牛田以南の東北本線区間では特に差異もないだろうが

*2 「よくきましたね」という意味で、この地方では同じベクトルの向きながらバリエーション多い語彙の沿岸バージョンだと思われる。メモしたのですが、もしかしたら聞き違いがあるかもしれません

*3 (追記)間違い訂正しました

*4 5年前に聞いたときは、すぐに売り切れてしまうのだと駅売店で聞いた記憶がある

*5 南リアス線区間ではワゴンで販売していなかったけど

[ETilog9][Computer][Mac] ことえりに激怒

今回、上のエントリ(「リアス・シーライナーに乗る」)は、事情があってPowerBookで書いたのだが、思う通りに書けないのなんの。理由はことえりが馬鹿だから。最近ブログをやたらと書くようになってそれまで気にならなかったMS-IMEですら馬鹿に思えるようになってきているのに、ことえりはそれ以上。タイプミスを吸収する機能がない分、私のストレスも余計にたまると。うーん…


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