追記

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2019/09/01(Sun.) フェイクニュースとは [長年日記] この日を編集

[Review][Book] 宮古市田老は巨大堤防を過信して98%の住民が亡くなったと宣う宮台真司さん

宮台真司『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)を読んだ。

すると、以下の記述がある。

(単行本版p64、文庫版p74)

岩手県の宮古市田老地区にはギネス級の巨大堤防がありましたが、今回の津波で住民の98%が亡くなりました。近隣の釜石市には5メートル以下の堤防しかなかったのに、かなりの人が助かりました。

(単行本版p76、文庫版p85)

宮古市田老地区のように高さ10メートル以上のギネス級の堤防を築いていたところは住民の98%が亡くなったのに対し、高さ5メートル前後の堤防しかなかった釜石市は小中学生六百数十人が1人を除いて助かっています。

引用の後は、田老は巨大堤防に依存していた田老に対し、釜石では「津波てんでんこ」の教えがあったからだ、といった内容が続く。

上記2つの引用記述は事実誤認ではないか。

2010年国勢調査での宮古市田老地区の人口が4,302人*1、同地区の死者・行方不明者は181人*2*3。分母は国勢調査でなく住民基本台帳人口にしろという話があったとしても、流石に98%死亡という数値は出てこない。そもそも日中で地区に居なかった人も多い東日本大震災で98%の住民死亡という話は流石に聞かない。街区符号・住居番号単位ならあり得るかも知れないが、統計として無理がある。ひとまとまりの地区として巨大堤防を過信し98%も亡くなった小地区がある話は聞いたことがない。

最大限好意的に推察すると、明治三陸地震の数字が98%に近い。山口弥一郎『津浪と村』(三弥井書店、2011年)によると、畠山長之助氏の筆写の記録として「死者1808名、罹災生存者僅かに37名」とあり、これは98%である。吉村昭『三陸海岸大津波』(文春文庫、2004年)では死者1859名、生存者36名、船上に居て難を逃れた村民60名とあるからこれだと95%か*4

宮台真司は丁寧に正誤表をウェブで公開しているが、とくに修正はない。

同著には読むべき記述も多い。しかし、このレベルの事実誤認があるとそれまでの業績全ての信頼性が問われてくる。宮台真司の著作は数冊目を通しており、勉強もさせてもらってきただけに残念だとしか言い様がない*5

報道の通り、田老地区において「ここまで津波は来ない」といって避難しなかった人はいたと思われる。わざわざ数値、比率を書いて話を盛らずとも良かったのだ。「田老では巨大堤防があるからと避難しなかった人がいた、釜石の小中学生は自主避難の取り組みが凄かった」だったら異論も無いのだ。だが、前の記述では「巨大堤防を過信して地区全滅」と読め、田老住民への名誉毀損に近い。デマと何が違うのか。これでは東京電力を批判するのは難しい。

ネットでは神戸大学の田畑暁生先生が指摘している程度*6で、Amazonほかのレビューでも言及はない。

岩手県関係者は見つけ次第抗議すべき内容だし、そもそもみんなどれだけ真剣に本を読んでいるのか、違うと思った内容をどれだけ指摘しているのか、学問の根幹に関わってくる話になる。

記述元は同氏のカルチャーセンターの講義だったりインタビューだったりするので、誤った事実関係を喋ってしまうことはあるだろう。だが、商業出版でこれがそのまま通ってしまうようでは「編集者の目が通る」「校閲部がある」といった商業出版唯一の存在価値を全力で自己否定することになる。読んだのは単行本の電子書籍版だったので幻冬舎文庫版では直っているのかと思い、1時間使って確認しに行ったが何とびっくり直ってない。幻冬舎での担当編集者穂原俊二氏と志摩俊太朗氏は仕事をきちんとしているのか。幻冬舎は大丈夫か*7

*1 https://www.city.miyako.iwate.jp/data/open/cnt/3/8216/1/3-02_jinkou_H29.pdf のp19

*2 http://www.city.miyako.iwate.jp/data/open/cnt/3/1514/1/sisyasu_humeisu.pdf

*3 『てんでんこ未来へ あの日を忘れない』(岩手日報社、2016年)

*4 国土交通省 東北地方整備局 釜石港湾事務所も同値を用いている。 http://www.pa.thr.mlit.go.jp/kamaishi/yakuwari/tsunami/tsunami-01.htmlhttp://www.pa.thr.mlit.go.jp/kamaishi/yakuwari/tsunami/tsunami-01.html

*5 ウィキペディアを見たら宮城県仙台市出身とある。本当かよ吐息

*6 リンクしたのはhttps://twitter.com/akehyon/status/465319398006206464、https://twitter.com/akehyon/status/465320546641539072、https://twitter.com/akehyon/status/465321468260126721と続く3連投の真ん中のツイートである

*7 そもそも同著は注釈執筆が3名(堀内進之介、山本宏樹、神代健彦)も居て誰も気づいていない。いろいろどうなんだろうか。


2019/08/20(Tue.) 折り返し地点 [長年日記] この日を編集

[Review][Book] 村尾信尚『B級キャスター』を読んだ。

Kindleで小学館50%ポイント還元ということもあったのだが、テレビのニュース番組ものの書籍は好きなのである。


正直驚いたのは、氏は「NEWS ZERO」でハード路線、硬派なニュースを伝えたいという思いを持っていたということである。正直、ハード路線なら「きょうの出来事」をずっとやっていてくれれば良かったのだ。てっきり、日テレのエンタメ・ワイドショー化に乗っかるイエスマンとしてのキャスター就任かと思っていた。

気になるのは、何度か出てくる「日本をよくするためにキャスターになった」という氏の思いだ。1990年代にアンカーマンがコメントをすることについて、「筑紫哲也 ニュース23」や久米宏の「ニュースステーション」は叩かれていた。ジャーナリズムとの乖離・ギャップ・日本特有のニュースショー形式の是非。ストレートニュースこそ正しいのだ、あるべき姿だ。そういった議論があった世界からかけ離れた位置に氏はいるように思える。同著には芸能ニュースをトップに持ってくる日テレ制作側のロジックも紹介されていて、なるほどとも思う。正直、事実だけを伝えるジャーナリスティックなストレートニュースでは、筑紫哲也が『』でいう存続視聴率が達成出来ないことになる。


村尾信尚がメインキャスターとしてNEWS ZEROチームをまとめていた感じはオンエアからも伝わってきていた。「きょうの出来事」原理主義ながらも23時ニュースは日テレを基本線とした*1のも、特集の硬派さがきょう出来を思い出させてくれたからだ。キャスター陣との交流も同著にはあるが、本人たちの努力に加え、氏や番組制作陣がよくお膳立てだったり協力していたと見えた。何よりも、選挙特番の時の首相への事実上の財務省代表質問は好きだった。「NEWS ZERO」は民放王者の日テレに相応しい夜ニュース番組であることは素直に認めざるを得ない。視聴者迎合のニュースショーでなく、氏の所々の一本筋を作る編集人としての役割は評価せざるを得ない。

*1 まあ、テレビの視聴習慣がまず薄くなり、なにより其の時間に在宅しないことも増えたのだが


2019/07/29(Mon.) ひろっちおん [長年日記] この日を編集

[DIary] 更新すべき話がある

が、各時間が取れていない。

[Diary] なつかしいかんじ

こんなふうに月1回生存確認として「かけねー」というのが続くのが最近のエティログ。 毎月はてなダイアリーー→tDiary移行ネタ話とか書けないよ!


何かあればwebmaster@etilog.netまで