2005/02/21(Mon.) 太陽の雫 [長年日記]
■ [Essay] 煙草の効用
わたしは煙草を吸う.勤務先では驚かれていたが,わたしは吸う.
吸うようになったきっかけは簡単なもんだ.両親ともヘビースモーカーだったから.以上である.家族で飯を食べていると,食い終わるのが速い大人二人は食事が終わると,わたしがまだ食っている最中なのに平気で吸っていた.小学生の時には副流煙がおいしいと感じるようになっていたのではないかと思う.中学生の時にそれはリバースし,むせるようになったが高校生のときには気にならなくなっていた.
大学に入り,入った委員会で吸う人が多かったので吸うようになった.一期生のHさんやAさん,そしてIさんの4人でよく吸っていたのはいい思い出だ.気分転換のついでで,思いがけない話を聞くことが出来るし,何より連帯感も生まれる.
勤務先でもよく吸っていた.仕事後の1本はたまらなくおいしかったように記憶している.だが,これは一人では吸わなかった煙草だと思う.皆で集まって吸うからおいしいのではないか.
今,研究室でもよく吸いに出かける.思いがけないアイディアや,思わぬ視点はそこで生まれることが多い.だから,煙草を吸わない人とちょっとした相談があるときには,きっかけがなくて困ることがあったりする.
だが,こんなコミュニケーションが成立するのも岩手だからかも知れない.東京ではもう喫煙者は人扱いしてもらえなさそうな雰囲気だ.
思うに,喫煙者に煙草の害をいくら言っても無駄だと思う.以上の効用を考えれば,10年の寿命短縮でも割に合ってしまうからw むしろ,嫌煙権とか,そっちの方を強調したほうが最大多数にとっての幸せが訪れることだろうとおもう.とくに,歩き煙草で子供の目に当てる大馬鹿や,タバコのポイ捨てのほうを先にきつくして頂きたい.願わくば,まだ綺麗な肺の子供の前で吸うなとも(笑).
でも,居酒屋が全面禁煙になる日は来るのだろうか.この間分煙で有名なはずのタリーズコーヒーなのに,喫煙席のほうが多い盛岡店を見てびっくりしてしまった.煙草とコーヒーは別である.
わたしの場合,煙草をまったく吸わなくていいときは相当に気分が良い時だ.これもなにかのバロメータであろうか.
■ [Essay] 雑談の効用
他人との会話が大切だと思ってはいても,雑談が重要だと気づくのには時間がかかるかもしれない.自分も,「雑談」というくくりのコミュニケーションが大切だとはっきり分かるのには時間がかかった.
理由は簡単だ.男子校という場所では,ある意味において雑談が成立しないからである.問題解決型の会話に走りがちな男子の場合,雑談,談笑と言うのではなく,本当にキャッチボールになってしまっているのではないか.「とりとめのない」話を,わたしの周りでは出来るようではあったと思うが,はっきり言って女の子の雑談には敵わないと感じている.
ブレーンストーミングは大切な作業であるが,これは難しい.どうしても「こいつ馬鹿だな」と思う奴には否定的な内容を言ってしまいそうではないですか.だからこそ雑談,なのである.
雑談の効用をはじめて知ったのはのホームページ作成授業の打ち合わせの時だ.はたから見ていたら,こいつら話し合いもしないで駄弁ってると思われるようなとりとめのなさだったと思う.だが,それをまとめた結果コンテンツが決まって,学長賞もの(幻の;苦笑)の内容になったのだ.
この方法は,委員会にも持ち込むことにした.雑談は一見何も生まないかもしれない.時間の効率では悪いだろう.幸い,議論して決めなればならないような内容は委員会ではまれだった.アイディア創出会議なら,肩肘張らないで行うにはそのままの形が最善だと考えられた.もちろん,この方法がベストなわけではない.だが,進め方の方向を考える時,皆の考えを探る時には有効に機能した.
言論(ペン)は剣よりも強いと言う.それはしかしまた,言論は暴力の代わりと成り得るとも取れる.和をもって貴しとなすことが許されるのであれば,お茶菓子でも食べながらべちゃくちゃしていたほうが良い.だが,そういった寄り合い民主主義を採る際には,長老がきちんと空気を読む必要があり,これはこれで難しい.
しかし,意思決定へのプロセスにおいて行われるものが議論であれば,それは即ち合戦である.雑談と言うプロセスならば,それは議題を揺り篭に乗せて寝かしつけるような収斂が期待できる.
ブレストと大上段に言われても,これすら行うのは難しい.ならば,雑談が機能するコミュニティに仕立てておくべきである.組織全体で出来ないのならば,最低でも雑談が機能するコミュニティーがオーバーレイできるようにしておいたほうが良い.これは,意識しなくても組織が険悪な雰囲気でなければどこの組織でも簡単に成立しうる.
iモード生みの母として知られる松永真理の著書「iモード事件」にはこんなことが書いてあった.活気のいい雑誌編集部には,いつも外部の人がきてべちゃくちゃ話しては去っていくのだそうだ.それを硬い組織のドコモに持ち込もうとして作ったのが,「クラブ・マリ」という低いソファーで酒が飲める部屋だったと言う.ふらっと出向けることの有難さは,私にとっても大切なものである.
■ [Diary][研究] 本を借りる
メディアセンターでMAXの5冊を借りたのはいつ以来か.
基本,自分は本は買ってしまいたい人間なのだが,場所と金がないので今回は借りておいた.とか言いながら,3冊ほどbk1で買ってしまったけどなw
…酒もやらない,煙草も嗜む程度の私にとっては,唯一金をかけているものかもしれない.
■ [Essay] わたしのホームチャンネル
人には,テレビの「ホームチャンネル」というものがあるという.「ホームチャンネル」とは,常にテレビはそのチャンネルがついていることが「多い」チャンネルのことを言う.たとえば,中京圏では東海テレビがそうであることが多いというし,関西圏ならABCだったりするのだろうか.北海道ではSTVだったり,地方では第一局がついていることが多いのではないか.
関東ではたぶんフジテレビが僅差で多い気がするが,私のホームチャンネルは断然日本テレビである.たしかに「ズームイン!朝!!」は生まれた時からずっと見てたし,巨人戦も良く見ているのだが,こうなったのには理由がある.
私は小さいころだと,藤子アニメを良く見ていたから1番見ていたのはテレビ朝日な気もするし,バラエティはTBSとフジを良く見ていた.それまでの私は,テレビをつけたらフジテレビがつく(=フジテレビの時にテレビの電源を切る)ことが多かったのではないかと思う.しかし,ある事件を境にそれはなくなって,日本テレビの「4」チャンネルにしてからテレビの電源を切るようになったのだ.
むかし,94年ごろまで関東ローカルで早朝時間帯にフジテレビは「ウゴウゴルーガ」という,CGをふんだんに使った子供向け番組をやっていた.「ひらけ!ポンキッキ」と違って小学生でも十分見てられる内容で,たまに早く起きた時は「早見優のアメリカンキッズ」(中京テレビ製作;関東では末期朝4時45分からの放送だった)→「朝一番天気」(NTV)→「ウゴウゴルーガ」と見ていたものである.
その状況に終止符が打たれたのは,他愛もないが今話すのはハズいだけの話である.だが,暴露してしまおう.
「こんしゅうのどうよう」というコーナーがあり,童謡をCGのアニメーションにのせて流すコーナーがあった.その日の童謡は「赤い靴」だった.
あかいくつぅーはぁーいてたぁーおーんーなぁーぬおーこーいぃーじんさんに つれられーてー いー.....ちゃー.....ったぁー・・・・・・
黒っぽい画面には,拉致をしている外国人と,涙ぼろぼろ流しているとっても恐い女の子の顔が!
……歌を聴き終わって,恐怖のあまり聞き終わると「ジパング朝6」にチャンネルスイッチしてしまったのであった.それだけではなく,もう小学校高学年だったと思うが,2日間か3日間,一人で寝られなくなって母と一緒に寝たことも暴露しておきます(苦笑).そのトラウマはかなり強烈だった.横浜駅の赤い靴を見に行くことが出来たのは高校生になってからだったか.連れて行かれたのは「ひいじいさん」だと思っていたという笑い話を聞いて,漸く落ち着いたってもんである.
それだけでなく,この日から高校生になるくらいまで,フジテレビをつけたままテレビのチャンネルを切ることはなくなって,テレビを切るときはかならず「4」に合わせてからきっていた.
ちょうど,日テレの元気が良くなってきたときで,日テレのバラエティにも見るものが増えてきたが,それからというもの,朝のウゴウゴルーガを見ることはなくなり,夕方に再放送していたものも見なくなったと思う.夜の「ウゴウゴルーガ2号」は見てた気もするが.
テレビのホームチャンネルが変わるのには,人それぞれの理由があるということだ.岩手に着てからは,「ズームイン」で馴染んでいる藤村・平井(直)アナがいるテレビ岩手に真っ先にチャンネルを合わせるようになったので,10年以上日テレ系列が私のホームチャンネルなわけなのでありました.
■ [時事ネタ] ニフティサーブよ永遠に
少しニュースとしては古いけど,興味深い記事が載ったので
「パソコン通信」とは何だったのか (1/3) - ITmedia NEWS
「氏ね」や「逝ってよし」のようなコミュニティ固有の罵倒語は、まだ発明されていない。商用BBSでは誹謗中傷は禁止されているため、フォーラム内で直接ヒドいことを言われることはない。その代わり、よってたかって理路整然と長文の説教を食らう。
とても懐かしい.ニフティサーブはあらしのような言動にはとても厳しかった.そうやってネット上でのマナー,礼節を肌で感じていた.だから,次々とネットの世界に入ってくる友人たちにも説教たれていたものだ.
ニフティサーブは,ソフトが良く手に入った.オンラインソフトといえばニフティから落とすのが当然だった.
ニフティの所定のフォーラムに行けば情報がかなりの高い確率で手に入った.今のGoogle検索の比ではないと思う.この経緯があるから,日本ではロボット型検索エンジンがディレクトリ型のYahoo!に適わないのではないかと思うくらいに.
上記記事ではSNSをいまの@niftyが発想していればと書いているが,それはどうだろう.どちらかというと,ニフティのフォーラムは「関心空間」に近い仕組みで,XOOPSにある「現在アクセスしている人」を表示する仕組みと同じ.オフ会までいけばSNSの仕組みに近いのだろうが.
パソコン通信的アプローチを,インターネットでどう提供するか.これは興味深い内容である.
■ [Diary][研究] うーん
古い記事だけど,考えさせるネタが詰まっている記事
「日本人にはBlogより日記」、はてなの人気に迫る - CNET Japan
もともと大学の研究で簡単なプログラムを書くことはありましたが、個人に向けたインターネットのサービスは経験がありませんでした。実際にはまず作りたい目的があって、そのために新しくプログラムを覚えたという感じですね。
---サービスを開発するためにウェブ構築の技術を習得するというのは、文系出身者がプログラマーとなり、技術を習得しながら開発した楽天の創業と似ていますね。
文系と理系の融合というのは非常に重要だと思いますね。理系だけの思想だと一般ユーザーにまで広がらない、閉じたサービスになりがちです。そこは非常に気をつけています。
この「にはまず作りたい目的があって」というのが自分には重要だなあと思ってみた.
日本人はBlogより日記というのも分かる.Blogっぽい内容も,日々の記録(ジャーナル,ログ)の一部に過ぎないよなーとか.
もちろん,文系と理系の対立の問題,編集者の携わり方の問題,武功派と文治派はなぜ対立するのか,そういった問題にもつながる部分もあるんだけど,それはこの記事の本位ではないので.
何かあればwebmaster@etilog.netまで