2005/08/18(Thu.) 所詮、俺の人生はインモラル この日を編集
■ [研究] P波とS波
中3のときと高3のときに地学を履修していて、中3の時には隣のクラスで理科2分野の先生が実際にHR中に起きた地震で「これがP波で、ここからS波で…」と解説していたのが記憶に残っている。
参加しているプロジェクトナウキャストの話しは聞いていたんだけど、そこではまだまだ懐疑的な話しも未だ出ていたと記憶している。だけど、新幹線なんかには「コンパクトユレダス」が搭載されていて、これもやっぱりP波までで判定するのだそうで。もちろん、P波とS波の間が短い直下型地震のときは効果が薄いけど、今回の地震のようなやったらP波の時間が長いようなときは活躍だよなあ。14秒前で、しかも届くのが教員のケータイとかじゃあ「正常バイアス*1」もあって効果ないかもしれないけど、ガスとか電気とか、そういうところでは効果覿面だろうなあ。恐いけど、これで一般のケータイ電話にキャストする仕組みもあり得る。
*1 先週の女王の教室の前の、天海祐希も出てた「世界で一番受けたい授業」(NTV)でやってた
2006/08/18(Fri.) この日を編集
■ [ETilog9][Web] 今年の7月で
7月はブログ遮断月間だったのでつい書き損ねましたが、今年の7月でこの私がインターネットデビューして10年になりました。10年前の8月の頭には、下北沢のOdakyu OXでASAHIパソコンの記事でHTMLが書けることを知りホームページを作り始めました。そういった意味では、1996年というのは私にとってはひとつの転換期であったともいえますね。
その10年前の7月に28.8kbpsのモデムをプレゼントしてもらって、ニフティやらアスキー・インターネット・フリーウェイなんかにつないでいたわけですが、当時はテレホーダイにも入っておらず、タイムプラスでがんばってました。そんなんで、毎日ネットにつなぐなんてことは出来ず、週1日日曜日の早朝8時までにインターネットにつなぐなんてことをしてました。当時見ていたのは、秋葉原マップ、マイクロソフト公式ページ、LOGiNのページといったところでしょうか。そのときはInternet Explorerなんて誰も使ってなくてみんなNetscapeを……なんて昔話は、きょうはやめときます。
幸い、すでにYahoo!JAPANは解説されていたので、そこから興味のあるカテゴリに登録されているページを全部訪問したりとかもしてました。
私は幸運にも、かなり早い時期からインターネットを経験することが出来ましたけど、もっと幸運だなって思うのは、94年~96年に大学生だった人たちじゃないかなーとか思います。日能研OB会の会誌「ユリウス」なんかで、大学のネットワーク環境でMosaic立ち上げてるなんて記事が出てたことがありますけど、当時から一般のダイヤルアップではない回線で経験積んだ人はそのアドバンテージをうまく使っているなって気がします。とはいえ、「あとから来た人たち」も、先行者利益(既得権益か?)を活かしきれないウェブサイトを尻目*1に、ネット経験の優位性だけでなく、本質的な優位性を生かして情報発信しているなあって思います。
年々、得ることが出来る情報は濃くなっていることを感じます。自分がもらった分も、何か自分の得意なところで誰かの役に立てることが出来ればな、と思ったりします。あんまり気負わず、書きたいことを書いてリソース増大につながればという気持ちは、9年間くらい変わってません。
次の10年後にも、ネットはあるのだろうかと考えますが、「ない」と言い切りたくはなかったりもします。悲観的な意味ではなく、どうなってるか分からないダイナミズムのほうがいいやってだけなんですけどもね。
*1 自嘲気味に書いてみた
何かあればwebmaster@etilog.netまで