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2006/08/01(Tue.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Review][TV] NHK…

NHKは1日、2008年放送の大河ドラマとして、「篤姫(あつひめ)」を制作すると発表した。

[Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 2008年のNHK大河ドラマは幕末舞台の「篤姫」より引用]

すごすぎる。「不人気」としてレッテル貼られた幕末モノにするだけでも大決断なのに、主人公は幕末のなかではそろそろとマイナー人物に入ってくる天璋院! すごい…すごすぎる……

あ、もしかして「大奥」のヒットを横目に「いける!」とかいう算段なのかな……巨人戦の視聴率といい勝負にはならないでほしいものだ。

[ETilog9][Place] 徳島市街と徳島城

四国4県のうち、徳島県だけ県庁所在地である徳島市に行ったことがなかったので行ってみることにした。

やはり、旧城下町を訪ねたら城跡へ行ってしまう。

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徳島城は、豊臣時代の天下普請。切り込みはぎではない石垣も多く見られ、「戦国の城」を実感できる近世城郭だ。建物の遺構はないが、こうした城址はほんとうに貴重。城を一回りしていたら、公園から阿波踊りの練習と思われる声が聞こえてきた。平和を感じる。

徳島市街をくるっとまわる。徳島は、駅前が即ち中心部のようだ。駅の前に商業施設が集中しているように見受けられる。商店街も何本かつらなり、駅で降りたときの都会度的な印象では松山と互角以上の勝負かもしれない。

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徳島に南国の街を感じることが出来て、大変に満足した。

[ETilog9][Train] サンライズ瀬戸

行きにのぞみに乗ったので、帰りは一度乗ってみたかった「サンライズエクスプレス」に。居住性の高いリッチなB寝台とかも興味があったが、ここはノビノビ座席を試してみなければなるまい。盛岡駅でノビノビ座席を購入しようとすると、「指定席ですがよろしいですか?」と聞き返された。私は察して「はい」と即答したが、「ノビノビ座席」って言葉はなかなかに勉強では追いつけないようである。盛岡-高松の乗車券で、行きは新幹線、帰りは夜行寝台をって話をしたら、往復乗車券でいいはずなのに逐一サンライズ瀬戸の経路を2人がかりで確認していた。みどりの窓口の駅員は英語もしゃべれないとだし、複雑な商品知識を数多く要求される*1

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そんなんで、高松から乗車する。

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ノビノビ座席は、カーペット敷きで、少し横幅の狭さはあるかとも思ったが、それでも往時のB寝台よりは広いのではなかろーか。身長180cmの私では足を伸ばして寝ることが出来ないかなとも思ったが、そんなことはなかった。

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なお、北海道の夜行特急のように女性専用区画などはなく、男女別ってのは全く考慮されていないようだった。若い一人旅の女性の隣が出張帰りの中年リーマンという状況はふつうにあるようだった。…車内で「やめてください」って聞くようなことも(当然のように)なかったが。

さて、高松駅を出発したのであるが、私はここで夕食をとることにした。ふつう、夜行列車ということであれば駅弁を物色するのであるが、どうも駅弁の販売は終わっていたようなので、ロッテリアで食事を購入した_| ̄|○

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うーん、特急にファストフード買って持ち込んで食べるのって過去に記憶にないなあ。まあ、岩手にないロッテリアの、ホットチリストレートバーガーからディップポテト&ナゲット、宇治抹茶シェーキまで堪能できたので良しとするか。

列車は瀬戸大橋を越えて、岡山駅へ。ここで後着のサンライズ出雲と併結を行う。ずいぶんとその作業に人が群がっていた。

山陰本線経由の出雲廃止の余波で停まる様になった上郡駅や、姫路駅、深夜の大阪駅など、多くの駅と、そこにいる人を見ながら本を読んで過ごす。「下道」は在来線に乗り降りする人の顔を見ながら揺られていくのがなんともたまらない。市井の人々もまた旅人にとっては景色である。

ノビノビ座席は、掛け毛布はあるが枕はない。こういうときにこそ空気枕なのかもしれないが、別に車内は寒くないので毛布を枕にして寝た。至極快適。夜行バスとは比較にならない。ムーンライトや北海道の夜行特急で経験した座席よりもはるかによく寝られた。横たわることはここまで快適だったのだろうか。

朝起きる。4、5時間連続して寝られたので気分も良い。すでに6時を過ぎているのでもう神奈川へ入っている頃だ。そう思って窓をみやるが、どうも様子がおかしい。見たことのない景色だし、列車がよく停まっている。「なにか事故でもあったのかな」と遅延を思ったが、事態は予想以上にひどかった。しばらくして飛び込んできた駅看板は「浜松」だったからである。浜松って(>_<)

用を足しに行くついでに車掌室の前を通ると、1名の婦人が状況を聞いておられる。私も「何かあったのですか?」と聞いてみたら「新居町駅で人身事故があって大幅に遅れています。ごめんなさい」とのことだった。事故じゃなーと、車掌氏に同情した。私はお人よしだろうか。

その後、車内アナウンスでその旨が放送され、現時点では東京駅まで運転する予定であること、すでに列車が走り出しているため速度は出せないので大幅な遅延が予想されること、静岡から新幹線による代替輸送を行う旨が告げられた。新幹線にまた乗ってもなーと、当然のように最後まで乗車することを決意した。

その「新幹線の代替輸送」も、乗車するように指定されたのはこだま号の自由席。さすがにひかりに乗ってもらうわけにはいかなかったのだろうが、後発のひかりに抜かれるタイプのものである。結果的には30分も東京駅到着に時間差は変わっていなかったのではなかろうか。

本を読んで過ごす*2。だが、缶コーヒーが切れているのが痛い。自販機には缶コーヒーがおいてなかったのだ。もう、停車時間が長い駅ってのもない。車内販売もない。仕方ないので、気分転換にラウンジに出てみると、そこの自販機にはエメラルドマウンテンが売っているではないか! エメマンの味を満喫しながら、神奈川の車窓を堪能した。

列車は2時間36分遅れてで東京駅へ。後続の「はやぶさ・さくら号」の前を先行して走るようにしていたっぽい。

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2時間以上の遅れなので、特急料金は払い戻しである。寝台券は払い戻されないが、なにせ指定席料金で乗れる「ノビノビ座席」、普通電車で帰ってくるのと同じ値段で期せずして帰ってこれてしまった。

JR東海の窓口に並んでいたが、「JR東日本の窓口で買ったものはそっちで払い戻してくれ」という。自分の都合で払い戻すわけではないのだが、それはどうにかならないのだろうか。困ったことに、なぜか東京駅のJR東日本のみどりの窓口はいつも込んでいる。仕方なく、並んで払い戻してもらう。カードで買った特急券だったが、現金で戻してくれた。

安くなるのは良かったのかもしれないが、私は東北地方の各地に寄り道してこようと考えていたのだ。大分時間のロスがあり、こればかりは少し痛手であった。

*1 その駅員が20代女性だったからと大目に見てしまう、あからさまな女性蔑視の自分が厭だッ!

*2 このとき読んでいたのは、以前のエントリでも書いた「続氷点」だった。おかげさまで緊迫の連続のシーンを毛布に寝っころがりながらだいぶ読むことが出来た


2006/08/02(Wed.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Place] 郡山の街を歩く

私は、高校時代に属していた同好会の合宿のおかげで、日本各地の城を廻ることができた。城へ行くということは、半分以上が「主要都市へ行く」と同義である。もちろん、中世山城のような城も「軍事施設」の粋を凝らした趣向を垣間見ることが出来て良いのだが、やはり私は、その歴史の連続性を感じ得る近世城郭が好きである*1

だが、旧城下町でない大きい都市となると、なかなか行く機会がなかったりする。途中、宿泊のためだけに立ち寄ったり、古都古寺がらみで訪れたりってことがあるのみで、港町や宿場町というのは疎遠だったりする。ただ、だいたいの県庁所在地が旧城下町であることが多く、だいぶ見てこられたというのが実際である。

翻って、東北。盛岡……これは私にとって最早特別な街だから、「別格」であるとして、山形、仙台……これらは、立派に城跡があり、高校時代に訪ねる機会に恵まれた。秋田は、卒業旅行で訪れることができた。青森はそうではないが、幸い、行く機会に恵まれた。福島だけが、あまり歩く機会がなかった。いや、会津若松は2回降り立っているからよいとしても、いわき地方は1回通ったことがあるだけだったし、福島・郡山といった中通りは既に十数回から数十回通ったことがあるはずなのに、歩いた記憶がない。これはいけない。そう思いながら、途中下車しようしようと思うのであるが、なかなかそうは行かなかった。実家のある首都圏に帰れば、家族もおり古い友人もたくさんいる。幸福なことに用事は多いのである。帰るのはいつも夜のはやてである。

今回、夜行列車で朝に東京へ着く。これは福島を見てまわるチャンスである。私は、生まれて初めて、自分が生まれ育った関東を「素通り」する決意をあっさりと固めた。まさしく、東京パッシングである。

予定外に4時間ロスしたが、MAXやまびこ号へ乗り込む。指定席では窓側は埋まっているとのこと、やまびこ号もはやてに劣らない混雑ぶりである。いや、はやてよりも混雑しているやも知れぬ。かつては、多くの「スーパーやまびこ」が福島県内に停車したのだ。それが、今では仙台-盛岡ノンストップでないはやて号に苛立ちを禁じえない自分になっている。自分も、ずいぶんと人生を生き急ぎたくなったようなものである。今回は、完全に各駅に止まるやまびこに乗った。小山から那須塩原から全部とまるやまびこに乗ると、のんびりとしていて良い。無論、途中で追い抜かれていくのだが、それでも在来線特急に比べると贅沢な通過ぶりではないか。速すぎず、遅すぎることもない。旅ってこんなんだったろうなと、思わずにはおれなかった。

郡山駅へ到着。

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郡山の街は、賑やかだった。駅直結の商業施設には、人があふれている。同じ休日でも、小山や宇都宮とはまた違うようだった。早速、駅から出てアーケードのある商店街へ。シャッターの降りている店も少なく、いいじゃないか。そう思っていたら、歩いて1分もしないうちに、私は思わず立ち止まるような光景に出くわした。

……ポルノ映画館である。

艶やかな看板が、いくつも目に入る。その場からちょっと目をやると、親子連れも歩いている。郡山はなんて解放的街なんだろう。……いや、少し最初から裏通りに行ってしまっていたようでした。

目抜き通りへ出て、開成山公園までは行って見るかと歩きだした。……今にして考えると、すこし無謀だったようだ。遠い。しかし、びっくりするのは、延々と歩いてもなお果てることのない郡山の街である。無論、ちょっと入れば住宅があるようなところではあるのだが、それでもオフィスビルが途絶えることはない。大きい。郡山の街に対して考え新たにしたのであった。

ようやく、郡山市役所のあたりまで着いた。

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開成山公園は、この近くである。

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ふつう、このテの30万都市級の町は、旧城下町であり、市民の憩いの場所が城址だったりする。しかし、城跡というは、石垣巡らされた山だったり岡だったりである。二の丸や三の丸が憩いの場となり得ないこともないが、こうやった水があふれる、ゆるりとした遊び場とはなり難いのである。

私は、ここで疑問に思った。旧城下町でもない郡山が、なぜここまで発展したのであろうか。私は、自宅に帰ってからその答えをネットで探すこととなる。


さすがに疲れたので、帰りはバスで帰ろうと思った。市役所前で待つが、なかなか来ない。しびれを切らして歩いて帰ることを決断して60mほど離れた瞬間、バスは立て続けにやってきた。悔しくなったので、意地でも歩いて帰ることにした。

郡山駅までの途中には、共学化された安積黎明高校があったり、ショッピングセンターである「THEMALL」があったりする。郡山はだいぶSCが出たともいうが、それでなおあの市街中心部を保ちえているというのは、ずいぶんな街のポテンシャルである。

途中で、ブックオフに寄って古本を物色。文庫1冊とCD1枚を210円で購入した。

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その後、市街中心部をいろいろ見て回る。

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ヨドバシカメラでは数少ない、県庁所在地外の店舗である。前から1回は行ってみたかったのだ。10年位前からあまり変わっていないのではなかろうか。それでも、車の列は相当に長かった。

丸井もあれば、うすい百貨店も健在。正直、秋田の街とは比較にならない元気の良さである。

お約束(?)で、駅のウラにも行って見た。

期待どおりか、がらーんとしている。タクシーがちゃんといたので良しなのではないだろうか。びっくりしたのは、非常に長大な連絡通路である。長い。本当に長い。


郡山は、農業も旧新潟市を上回る米生産量だったと言うし、工業もだいぶ企業が進出したと言う*2。自然にそういった産業の活力がわいてくるのか、吸引力があるのか。放っておいてもいきて行けそうな都市だ。ただ、その分「観光」としては辛いのが泣き所なのかもしれない*3。しかし、観光に頼らずとも良く、「政都」でなくともやっていけるとは、東京でも享受し得ない幸せな位置にいる市である。


暑い中を歩き疲れたので、スターバックスのバニラフラペチーノをチューチュー吸い込みながら、東北本線の普通列車へ乗り込んだ。東北本線の郡山以北に乗るのはおそらく3回目である。出来るだけ多くの景色を見ようと心に決めながら、郡山をあとにした。

*1 そういう城は、よく分からない模擬天守が安易にポリシーもなく立てられていたりすることもあり、残念ではあるが

*2 このあたり、ウィキペディアを参考にしました

*3 http://www.kanko-koriyama.gr.jp/kankou/index.phpにあるように、十分資源あるだろって突っ込みはあるかもしれない。これは、私が歴史遺構に興味が傾いているがゆえの偏見かもしれない点は書き添えておく

[ETilog9][Place] 二本松城址で二本松藩の歴史に思いを馳せる

行ったことのない出来るだけ著名な城は攻めておこう、という気があり、福島県で立ち寄るべき箇所として二本松をチョイスした。二本松といえば、やはり二本松義継と伊達輝宗の相討ち(というか、伊達政宗の無差別発砲か?)だろう。とりあえず、城へ向かおうとすると、途中に資料館があったので寄って見ることにした。

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資料館に入ると、暗い。……かつて、水沢の記念館(斎藤実・高野長英・後藤新平)を回ったときもそうだったが、あまり人が行くようなところではないらしい。「大人一枚」と告げると、資料館の方は館内展示室内の電気をつけてくれた。館内は、冷房も効いており、まったく人が来ないと断定していた様子ではないようだった。

館内1階は、二本松ゆかりの芸術家による絵画や彫刻が展示されている。さほど興味もないので、いつもなら見ないでスルーしがちであるが、今回はわざわざ電気をつけてくれたってこともあり、見ないわけにはいかないのであった。しかし、これだけの芸術家が二本松に集中していたのは驚きである。

2階へ。2階へ古代から今に至るまでの二本松の歴史について展示している。もっと、二本松氏について触れられていても良かったのではないかと思うが、メインは丹羽氏が入って以降の二本松藩の歴史のようであった。

ところで、ここで謎がある。戊辰戦争のとき、奥羽越列藩同盟に組みした二本松藩であったが、親藩・譜代の会津・庄内両藩はともかく、二本松藩は必要以上に戦いを官軍に対して挑んでいる。ここで、「時勢を読めなかった守旧固陋の藩」と断定するのはあんまりだろう。あくまで、助命嘆願が発端だった奥羽越列藩同盟に対する薩長側の不誠実にぶち切れたというのは、いかにも東北人らしいではないかという感想を持つのは、私が余所者ゆえであろうか。私は、あくまで血祭りをやりたかった薩長軍を責める気にもなれない。彼らは彼らなりの怨念があったのだろう。幕末にまできた歴史の悲しみは、それぞれが背負っているもののしがらみがありすぎることであり、逆に幕末が戦国時代に比べてつまらないとされるのもそのあたりの重さが理由かもしれない。背負子の重みは、近現代に生きる者すべての宿命であり、それが悲劇の伏線でもあり、一度ハマったら逃れられない近現代史の醍醐味である。

資料館では、かの有名な「二本松少年隊」についても詳しく触れられていた。二本松藩の悲劇は、官軍が迫って来るのが一番早い場所に藩があったことかもしれない。仙台藩や盛岡藩は、みちのまだ奥にあり、それで新政府軍にswitchした久保田藩を攻めていられたというのは相対的幸運だったのかもしれない。二本松藩・会津藩といった前門が崩れるのを見ることとなったのである。これが、地理的位置が逆だったら、仙台藩や盛岡藩が二本松藩や白川藩のように居城を攻撃される運命になってもおかしくなかったのである。

二本松城へ移動する。これが遠い。なにせ、細い住宅街としか思えない道を、山を越えて行くのである。駅からひと山越えて行く城というのは珍しい。

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霞ヶ城に到着。駐車場も完備していて、立派な石垣が迎えてくれる。入り口には二本松少年隊の像がある。

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門を越えて、二の丸では「二本松菊人形」の準備がなされているようだった。

こちらはだいぶ盛況のイベントのようで、城の入り口も一部立ち入り禁止になっていた。ところが、山の上は立ち入り禁止になっておらず、降りてきたら立ち入り禁止のところへ出て来たというわけである。

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工事を担当している人たちに、「城に入っても良いか」と聞くと、全く構わないという。早速城を登り始めた。すぐに、池がある。小さな滝もあり、ずいぶんと変わった城である。洗心亭、傘松などを見ながら、展望台に到着。

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晴れた日には磐梯山も望めるのだろうか。とにかく、山に囲まれている点では岩手に似たようなものである。


本丸へ来た。

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歴史資料館でみたところだと、二本松市は相当のお金をかけて、本丸の石垣だけを復元するということをやっている。つい天守とか立てちゃいそうなものであるが、この石垣の整備は、「遺構である石垣を保存するために」やったものだという。高松塚古墳の放置による文化財破壊の件を見ても、こうした「埋めることによって保存を図る」という決断に舌を巻いた。

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本丸から二本松市街を望む。十分城が高い位置にあるので、別段天守がなくても眺望は確保できるのであった。

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蒲生氏郷によって整備された「大石垣」 あの、穴太衆の手による石垣を東北で拝めるのである。

しかし、二本松城は随分な城である。伊達政宗が攻めあぐねたと言うのも分かる気がした。


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二本松の街は、老舗の和菓子店が並んでいたりと、しっとりとした上品な街で大変に好感が持てた。だが、よく考えると二本松「市」なのである。市中心部としては物足りなさも感じる。人口6万の市ならこんな売り手も買い手も顔見知りでいられそうな商店が並ぶ街の方が安心出来そうである。

二本松は、どちらかというと戦国時代の故事ではなく、丹羽氏の歴史に親しみを感じているらしい。連続性をそこにもっているというところだろうか。福島へも郡山へもアクセスしやすく、その点ではなかなかに住みやすかろうが、「二本松県」だったのに県庁や商業集積をそちらへ持っていかれた悲運の都市とも言える。だが、豊臣秀吉の織田家からの天下争奪を許してしまった丹羽長秀の怒りの男気を脈々と受け継いでいるような気もして、悪くは感じないのだ。

[ETilog9][時事ネタ][地域ネタ] 梅雨明け

気象庁は2日、東北地方が梅雨明けしたとみられると発表した。

[Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 東北地方で梅雨明け、これで全国すべてより引用]

何がうれしいって、東北南部と同時に梅雨明けしたこと。

だいたい、今までは東北北部だけ延々と梅雨ってカンジだったからなあ。

で、さんさの最中も梅雨による雨が降ってて、さんさを踊り終えると「夏もおわったぁ」ってなって、「んなばかな?」とか思ってると2週間くらいで涼しくなり始める盛岡歳時記…これで、さんさも熱気帯びた夏のひとコマとして今年はなりそうですわな。

[ETilog9][Place] 福島市街散策

二本松から福島へ。移動にはたいした時間もかからなかった。福島駅は駅ビル直結改札へ出て行くひとが多いようだった。

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福島に降り立ったことで、東北六県の県庁所在地はすべてコンプリートである。

とりあえず、歩いて見る。福島の街は賑やかではないとも聞いていたのだが、車は多く人が歩いていないということはない。おしゃれなつくりをした道もあり、危機感を覚えるような侘しさというものとは無縁のようであった。

途中、福島城堀跡という看板がある。福島城は明治維新後、破却の上堀も埋め立てられ、今の官庁街になっているという。福島藩は3万石の小藩だったが、今では県都になっている。だが、地理的に北に偏りすぎていて、郡山への県都移転が何度も言われてきたのは分からなくもない。福島県内のテレビ局のちょうど半分が郡山に本社を持っていることからも、福島のディレンマが伝わってくるような気がしていた。

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国道4号まで出て、架かる橋から阿武隈川を望む。盛岡と同じく、福島も川に挟まれた要害の地にあるが、駅から大きな川(盛岡だと北上川)までのキャパが広く、川までにすべて収まりきっているようだった。

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福島県庁。警備員のひとの直立不動が印象的だった。

中合百貨店のなかへ入ってみた。中合といえばあのダイエー系の百貨店で、東北以北の百貨店事業をすべて受け持つことになったことで話題になった。中は……秋田の木内には圧勝、北上のさくら野にはやや及ばず、盛岡の川徳にも及ばず、中三の盛岡といい勝負って程度の人入りである。もっとも、エレベーターの利用率はよかったので、見たフロアが悪かっただけかもしれない。……だが、地方の駅前百貨店と言うのは(言葉は悪いが)どんぐりの背比べなのかもしれない。さくら野が唯一撤退したというのも分からなくもない。街に人がいるのだが、店の中が賑わっているってこともない。駅ビルのエスパルは相当の人出だったから、いわゆる百貨店の地位低下という範疇の問題であって、地方経済活性化で扱うエリアではないのかもしれない。

駅反対側へ。……と思ったが、どこからいけば良いのか分からない。しゃらくせェってんで、入場券を買って通り抜けてみた。そしたら、東西自由通路というのを発見した。そんなもん。

駅前にイトーヨーカドーが聳え立つ西口。1階の食品売場メインの利用がなされているようだ。吹き抜けの階段にあった七夕飾りが微笑ましかった。


福島は、北へ行けば東北最大の商業集積仙台、南へ行けば東京商業圏の東北出張所たる郡山があり、なかなかに商業としては厳しい側面があるかもしれない。だが、選択の自由がこの県庁所在地には与えられている訳で、山形新幹線も相まって、南東北のコア足り得る都市でもある。だが、同じく北東北のコア足りえる地理的位置を有する盛岡と違って、東京からの最短地点でないこと(大宮からならはやて利用で仙台の方が早く着く)、そして、その仙台からも山形・福島へ等距離で繋がれることという、ハンデも背負っているのが事実だ。福島は農業・工業では悪い話をあまり聞かないが、その好調さが故にひとまとまりってやりかたがし辛い側面もある。だが、各都市が勝手に競い合って個性を出しながら都市のヒットポイントをレベルアップによって高められていくと、福島県民の粘り腰強い気質も相まってなかなかに侮れない地域になりそうである。ライバルとしてみれば、誘致合戦で足を救われるだろうし、同じエリアの隣人という枠があるのだとしたら、これほどに力強い友人はいないということになる。

福島県中通りは、戊辰戦争で逆賊の汚名を背負った会津の苦渋、仙台の苦難、盛岡の忍耐とはまた違って、意外とのほほんと明治・大正とやってこられた気がする。その傍目からみた釈然ぶりと、小型原子炉のような尽きることのない継続して発せられるエネルギーが魅力的である。


[ETilog9][Train] MAXやまびこ1階席

かえりは自由席で仙台まで。2階席が混雑していたので、1階席へ。

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目線が駅のホーム! 歩いている客を見上げるようなかたちだ。

たまにはこれもいい……って走行中は

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と、こうなるわけでした。


2006/08/03(Thu.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][ETilog] 人間性ってNANDA?(TRUE)

http://blog.livedoor.jp/yunnbo1227/archives/50855367.html

バトンにはお答えするようにしております。…むしろ、俺ってばバトンなんて回ってこないよな、やっぱ俺ってば○○○なのかなと被害妄想にふけって憂鬱な日々を過ごすこともしばしば(苦笑)、そんなんで梅雨で岩戸籠りモードに突入したので2ヶ月滞納してしまったと言うわけだよ。。。堪忍してね。

ですが、このバトンすでに「人間性ってNANDA?」にて答えてたりするんだよなー……でも、かわいい後輩のためにもう一度やってあ・(以下自粛)

1)回してくれた方の印象『ゆんぼ』

なんか、遠慮なく思ったこと口に出すし、他人に厳しいところもあるし、だいたい俺のこと○モいっていつも言うし、新人類だなー失礼な奴だなーって思うこともある。あるんだが、彼は28回に1回くらい、人の心を打ち抜く銀の弾を持っていて、それに撃たれるともぉーう、だめ。どんな失礼なことされても許しちゃうくらい強力。これは、彼の持ち味だと思うし、狙って出来るものではないから天性の特技なんだとおもう。メロンパンナちゃんのメロメロパンチみたいなものか。自分なんかは同性だからいいけど、異性だったらけっこうくらっときちゃうかもしれない。

フォローになっていないフォローを入れておけば、彼は言葉遣いができる人だし、物事をやり遂げることが出来るほうの人であるし、頼られると助けたくなっちゃうし…えーとそのー、いい後輩です(無難なまとめ方)。

2)周りから見た自分はどんな子だと思われていますか?5つ述べてください。

https://etilog.net/20060511.html#p04参照

……って、こっちでは5つ書くようにローカライズされとるなw 上のエントリでは3つしか書いていないのであと2つ。

壊れると面白いらしいです。でも、最近壊れられないので、内向きに壊れてしまいました。残念。

あと、1つか……そうそう、僕は皆から醜いと思われてます。以上。

3)自分の好きな人間性について5つ述べてください。

これは、https://etilog.net/20060511.html#p04そのままでいいな。

4)では反対に嫌いなタイプは?

ブログをお休みしていた間、いろいろ思い浮かんできたんだけど、今になってみて要約するとhttps://etilog.net/20060511.html#p04がだいたい当てはまる気がする。

ただ、思ったのは自分に都合の良い人間性を好み、都合が悪い人間性を避ける傾向があるってことだ。これは、私だけではないと信じたい。だが、自分が嫌う、厭だと思うことを他人に対しては平然と為す自分に対し、激しい嫌悪があふれると同時に、自分の罪深さをかんじるのである……というのが、ここまでのあらすじだ。

5)自分がこうなりたいと思う理想像とかありますか?

これも、前エントリのとおりで。

でも、現実はなかなかに厳しいよね。というか、5月のこの前向きな書き込みを見ていると、もはや歴史を感じてしまうレベルだ。そんな頃が僕にもあったんだな。

6)自分の事を慕ってくれる人に叫んでください。

このバトンをもらった当時は、ゆんぼの

|-`).。oO(いるんかな・・・。)

という書き込みを見て、「存外いるもんだぜ」って返そうと思っていた。

だが、いまのわたしはそう返せそうもない。

なぜなら、わたしは誰かにとってかけがえのない人間だろうかという問いに対して、否としか答えられなくなってしまったからである。……いろいろ反論もあるとは思うが、長くなるので後日。この問いの本旨でなくなっちゃうしね。なお、まだ生き生きしていた頃のわたしの回答は、上のエントリにあります(笑)

7)そんな大好きな人にバトンタッチ5名!(一言つき)

というわけで、2回目なのでまわすのは遠慮しておきます……

って、前のバトンでも回してねえや。。。まいっか。

ん…

そんな大好きな人にバトンタッチ5名!(一言つき)

ゆんぼ……まさか……*1

*1 ごめん、書いてみたかっただけ

[ETilog9][Place] ラベンダー!!@岩手町立石神の丘美術館

ラベンダーの花の香りには、鎮静効果があるという。精神安定を求めて、一路岩手町へ。新幹線開業を期に、http://www.town.iwate.iwate.jp/kanko/4st/index.html:title=4つの駅]として開業した道の駅石神の丘には、これまでに2回行ったことがある。最初に来たときはなんと鉄道から歩いてここまできたものだったが、今回は素直に車で行くことにした。国道4号も滝沢村を越えたあたりからは、車も減りかといって狭くもなく、快適なドライブを楽しむことが出来る。

そんなわけで7月14日、石神の丘美術館へ。

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この日は水まわりの清掃をやっていたらしく、金魚の水槽を掃除するときのようなにおいがまず出迎えてくれた(笑)

100円支払って、中へ。中は山のなかに彫刻がいくつかあるといった美術館である。

いくつかの彫刻を見ながら少し登ると、ラベンダー園がそこにはあった。

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ラベンダーが目の前にあるだけでは、ラベンダーの香りは楽しめない。近づいてみると、確かにラベンダーの匂いがする。だが、同時に暑いこともあって「草いきれ」もする。ラベンダーの生々しい香りがここにはあるのであって、香水や消臭剤などで商品化されたラベンダーの香りとは異なるものである。

ついでに、ラベンダーの中を歩けるってところではないので、そのあたり富良野には敵わないかもしれない。だが、あくまで岩手県で楽しめるのがポイントなのである。観光の向きにはセットで考えるべきだろう。

ラベンダー園からはいわて沼宮内駅も望むことが出来る。

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この美術館だけでは、いわて沼宮内の「新幹線駅乗降者数ワースト1位」はいかんともしがたいだろう。セットで観光するとしても、車利用のほうがアクセスが良いのだから。

その後、石神の丘美術館を散策する。

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石神山頂上。あっと言う間。

彫刻数は箱根彫刻の森~あたりには敵わないだろうが、つつましくヒットするものがあり、侮れない。

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もう一度ラベンダー園へ。ラベンダーには蜂もやってきていた。館内入り口には、葉をこすって匂いをかぐって方法も紹介されているが(なお、摘み取りや花をこするのは禁止)、ラベンダーの生命の熱気を感じることができたので、とくに試すことはよした。

……結局のところ、確かに見所あるスポットだったんだが、残念ながらラベンダーや芸術作品では、わたしの心は清め洗い流されることはなかったようだ。油塗れの心は、水では洗えないのだ。

[ETilog9][歴史ネタ] 二本松藩はなぜ激しく戦ったのか(入り口だけ)

旧城下町でもない郡山が、なぜここまで発展したのであろうか。帰ってから、Webサイト「[http://www.kanko-koriyama.gr.jp/history/index.html」で気軽に調べた。安積疏水は知っている。小学校の自分、まったく読めなくて返って覚えられたものである。しかし、中学受験というものの困った点は、そういったものを記憶できることは大変良いことなのだが、小学生のおつむでは幅広くその用語の背景までを一度に把握しきれない点である。……いや、用語に親しみが持てるように小学生のうちからなれるんだったら良いのやもしれんが。その安積疏水による水の確保が農業・工業の隆盛に繋がったのは良いとして、びっくりしたのは郡山も北海道みたく「開拓」の対象だったことだ。フロンティアは北の大地だけではなかったのだ。

ただ、まだまだ納得いかない部分も多い。会津へと抜ける磐越西線、いわきへの磐越東線をもつ交通の要所だったというのは良いとして、「清洲越し」のようにその領内の中心地が移転するってのは滅多にない。少なくとも私は、寡聞にして知らない。まだまだ調べたい。

しかし、何よりも驚いたのは、郡山は江戸時代、二本松藩領だったということである。郡山に住む人々が、あの二本松藩で戦ったというわけではなかろうが*1、いくら開拓で移ってきた人たちも多いとはいえ、時代が下っている以上全くの無関係というわけでもあるまい。わたしは、戊辰戦争、それも東北での戦争に興味を持った。

さしあたり、例の城研時代の展示で読み込んだ「歴史群像」を買って見ることにした……が、福島帰りに立ち寄った仙台のジュンク堂は2店ともおいてなかったorz

しかたないので、Amazonで購入

う~ん、司馬遼太郎の峠(ISBN:4101152403)を読みたくはなったが、会津戦争と北越戦争以外が貧困すぎるぞ~~~やっぱ、中公新書でけっこう出てるからそっちにあたるのが確実そうだな。

*1 そういえば板垣退助が、会津藩内の領民でさえ暢気に見学している、これじゃ国民国家になりえないって記録してますわな。会津藩でさえそうだったのに、ましてや他藩では……


2006/08/04(Fri.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Web] 石垣島、つまり石垣

はてなフォトライフのキーワード石垣が石垣島関係と思われるものに占拠されてる…

しょうがないんだろうかな。城の石垣じゃキーワードにしようとはあまり思わん。

[ETilog9][Book] 読書コンプレックス

小さい頃、わたしは読書と言うものが嫌いであった。読書が嫌いと言うよりも、読書感想文というものが嫌いだった*1。いやいや読む本ほど不幸なものはあるまい*2。母は、「志望校の入試に出るから下村湖人の次郎物語(ISBN:4061472674)を読め」と言っていた。わたしは結局読まなかった。さっと見ただけでは、文章がわたしの波長に合わなかったからだ。入試で前年度に出た作品が翌年にも出るということは、確率論的にあるわけがないのであった*3。それでも小学生の折の国語の成績は悪くなかった。テキストやテストで読まされる膨大な文章の中には、面白いと思わないこともないものも数多くあった。だが、小学生のわたしは「読書」と聞くと反射的に「いやなもの」というようになっていた。この状況を中学生になって救ってくれたのは、歴史小説であった。最初は戦国時代のものしか読まなかったが、幕末、中世、近現代へと拡がっていった。そこから、新書を読むというところまで行き、大学生になって使えるお金が増えて、ハードカバーの本を買うということも出来るようになった。

わたしは、やたら本を読んでいる。書籍エンゲル係数は高い部類に当てはまるに違いない。だが、そこで読む本は歴史小説であったり、いわゆる「新書ブーム」以後に多く出始めたような新書だったりする。岩波新書、岩波文庫から講談社学術文庫あたりはわたしの範囲の外になってしまっていて、親しい人がそういうものを読んでいるとそわそわしだしてしまう。純文学、古典的な文学作品から古典そのものも当たっていないし*4、海外文学はもう壊滅状態だ。

SNSで、会えば話はするだろうがもう連絡を取り合うほどではなくなった嘗ての親しかった級友が見つかったりする*5。そういう級友が、いつの間にか漢詩なんかを読んでいたりすると面食らってしまう。そういった歴史的な文物への造詣は、高校時代にはわたしの方が深かったはずなのに。

ブログで、自分が読んだことのない本を読んでいることが判明したり、海外思想家の本をよく買っているとかプロフィールに書いてあったりすると、焦燥を感じる

本とは、そのように読まれるものではないというのはよく分かる。未だに「24」を見ていないことに対して危機感は覚えないのに、書籍に対してだけそう見てしまうのは、やはり私が本を読むと言う行為を崇高なものとして見てしまっているのだろうか*6。結局は、咀嚼力というものに対する、能力へのコンプレックスに集約されるのかもしれない。

*1 今では、読書感想文そのままのレビューを書くことすらある! だが、それはホームページという箇所で、先生や審査員、親に気兼ねなく自分が好きなように書けるようになった事が大きい。あとは、「この本は出版そのものが犯罪だ、詐欺だ、作者は死ねばいい」などとは間違っても読書感想文では書けないことも大きいだろう。

*2 だが、本を読め本を読めと連呼する大人がいないと読むようにならないのもまた事実ではないかと思っている。これは、いずれ別エントリで。

*3 まあ、そういった類いの作品が出るのだからそういった文章に慣れておけという趣旨だったら、今のわたしには分からなくもない。だが、間違いなく母はそういった論調で先の意見を吐いていたとは到底思えないし、その論理でも当時のわたしは納得しえなかっただろう

*4 最近、史料を読むのが苦痛になり始めている。これは致命的そのものかもしれない

*5 mixiでは足あとがつくのでそういうことをやらない。確かに足あとは面白い機能だが、その機能がないのもまた気軽でよかった。「つながり」というものは生まれ得ないものになってしまう副作用はあったろうが。。。アクセス履歴機能が付加されなければ、今頃GREEももっと使っていたかもしれない。

*6 五木寛之氏が「読むことは崇高なことではない」とった趣旨の文章を書かれているのを、塾の教材で見たことがあり、それにひどく同意したことがある

[ETilog9][Book] そんなわけで

盛岡をまわって、105円で本を28冊ほど買った*1

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郡山で1冊、実家最寄駅前のブックオフでも2冊買っているので、31冊でも3100円+消費税……安く買えるものだな。

私は、あまり古本を買ってこなかった。やっぱり新しい本のほうがいいや!ってのは、女房となんとかは新しいほうがいいってのと同じ論理でしかないかもしれないが。だが、もう贅沢言ってる場合でもないので……

書くことをお休みしていた期間の後ろのほうは、おうちで文学青年ごっこしてました*2

*1 マルカン系の都南にあるブックマーケット盛岡南店と、ブックオフ盛岡稲荷店。それでも、首都圏並みのブックオフ集積とはならないので、地方のほうがコストがかかる分野だったりもする

*2 いわゆる日本文学のなかの漏れを埋めるってくらいだから、文学青年には程遠いんだけど


2006/08/05(Sat.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Diary] 盛岡さんさ踊り!

盛岡さんさ踊りを見に行ってきた。

岩手は今年で6年目だが、さんさは2回しか見ていない。2002年は仕事の帰り際にちょろっと寄っただけ。2004年は接待ぎみで目上の人とばかり行ってきた。今回、はじめて気が知れた仲間たちと見てきた。

f:id:ettie:20060805003617j:image*1

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さんさは、あまり全国的に知られていない。だが、音響なしで聴かせる太鼓と笛の音が他に類を見ない、素晴らしい祭りである。踊りも、軽やかに踊るミスさんさから、力強い踊りの自衛隊のひとたち、創作踊りや仮装で出場するグループもあれば、ちびっこたちの未だ完成されない踊りもかわゆげで、バリエーションがあり見ているだけでも飽きない。去年、東北5大祭り(他に、青森ねぶた・秋田竿灯・仙台七夕・山形花笠。いま挙げた4つだけなら「東北4大祭り」。花笠を抜くと「東北3大祭り」)を全部見てきた後輩たちが、「さんさ、結構レベル高いほうだと思いました」と言っていた位だが、彼らが撮ってきたビデオを見ても、「静」の竿灯・七夕に比べて動きが圧倒的で、有名な花笠よりも賑やか、ねぶたよりもしっとりしている。少なくとも、他の4つと比べて差別されるものではないと、よそ者としての私が断言する。

さんさ踊りは、今年から4日間になったこともあり、だいぶ4年前に比べてすいていた気もする。その時は日曜日だったってこともあるかもしれない。まだまださんさ踊りは認知される余白があると思う。最近、よさこい踊りの勢力拡大なんかもあって、先日宮城県内で「YOSAKOIねぶた」やるとかって見たもんだから、そのうちよさこいさんさとか出るんじゃねーのあなーとか心配していたら、すでにやってるのね(笑) いい祭りは、輸出されていくものなんだとは思う。ただ、全国どこでも阿波踊りやってたり、よさこい踊りをやるようになっちゃうのかなーとか思うと、少し気がかりであった。自分たちがオリジンだと胸を張って出せる祭りは、出身地にあったほうがいい。首都圏では既に埋もれてしまったのか、なかなかない、少なくとも「知らない」。

さんさは、伝統さんさから創作さんさまで、バリエーションを許可していることが気持ちよい。この勢いでさんさサンバとかビートさんさとかテクノさんさとか安来節さんさとかどんどんやってくれて構わないと思う。

……とかつらつら書いて、結局見るだけで6年間過ごしてしまったのが少し心残りである。

*1 肖像権とか大丈夫なようにはしたとは思いますが…ツッコミあればお願いします

[ETilog9][Train] 白石蔵王駅にはごみ箱もない

7月は、香川出張のあと、もう1回東京へ行く機会があった。今回は、白石城を見たくなって、その帰路に白石に寄って帰ることにした。

つばさ併結タイプのMAXやまびこで白石蔵王駅へ。今回は自由席を選んだので、MAXやまびこ2階窓側席で白石蔵王まではやて号よりもゴーカな車窓を楽しむことが出来た。MAXやまびこは、大宮-宇都宮間が一番混んでいた。郡山までは比較的空いているが、郡山から福島までの移動客が結構乗り込んできて、福島からはまた空くといったようだった。

白石蔵王駅で下車。町を向こうに臨みながら、するすると停まる。降りる人はいないわけではないが、どっと降りるわけでもないといった程度。

通過線2本に対面式のホーム2本の駅で、通過時の危険防止柵もなく気持ちよいホームである。

1階の改札へと降りてみるが、なかなかに風格のある駅である。NEC関連会社の美術品もあり、駅が造られたのもだいぶ前なので、リニューアルした某盛岡駅のようにオフィスビルのパネルでつくってみました的な安っぽいつくりがない。

改札を出てみて、はたと困った。ごみ箱がないのである。あの、JR東日本統一の3分類中が見えるごみ箱がないのである。まだ、この日は東北新幹線などのJR東日本管内の新幹線の車中ごみ箱の使用が解禁されていなかった。ついでに、その日、私は日頃のストレスがなせる業か、以前紹介した駅弁屋旨囲門で駅弁を2つ買って2つとも車内で喰っていた。ノートPCも持ち歩いており、城へ向かうのに荷物は減らしたい状況だった。駅のホームのどこかにもあってのだろうが、自分が降りた付近にはなく、階下にはあるだろうと思って下に降りてきたのだった。駅の中には土産物屋もキオスクもあり、缶専用、ペットボトル専用のごみ箱ならたくさんある。だが、駅の外にも駅構内改札外にも見当たらない。まさか、新幹線駅で「ごみは持ち帰りましょう」でもなかろう。

出てきた自動改札の方へ戻ると、私は件のごみ箱を発見した。自動改札へ向かうと、立派な柱の死角になって隠れてしまっているのだった。丁度清掃のおじさんが駅改札内に入っていこうとするところだったので、私はその人をじっと見つめていた……なぜ声をかけなかったのか、「これお願いします」と言うことが出来なかったのかは今となっては永遠のなぞである。私は、声が出なかったのだ。「あ、それ捨てておきますよ」と言ってもらいたかったのだ。きっと。だが、その清掃員はそそくさと駅の中へと立ち去ってしまった。

たいてい、こういう場合は駅係員に「捨てたいですが宜しいですか」と聞けば、中に捨てるだけに入れてくれるものである。だいたい、キオスクもたくさんあるのだから、「燃えるごみ捨てるところありますか」と一言聞けば良いだけのことである。だが、なぜかその日は聞く気もおきなかった。

改札の駅員は、乗客の問い合わせキューを捌くのでだいぶスケジューリングされているようだった。これでは、ひとつお願いするわけにもいかない。

結局私はどうしたか。ごみを捨てるためだけに入場券を買ったのである。またしても、って気もするが、入場券を買って、自動改札機に投入、目的のごみ箱にごみを捨て、さっさと退場、ぷりぷりして白石蔵王駅から出た。なんだこの駅、乗客への思いやりひとつもない、何もないところにある駅が。金の無駄だ、さっさと潰してしまえ、白石は最悪だ……そう好き勝手に思いながら。思えば、これがこの東京からの帰路のケチのつきはじめだったのだが、そんなことは知る由もない。


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白石蔵王駅は、駅の前にはコンビニのような商店もない。駅から2分も歩けば、コンビニとホカ弁(かまどや)があるので、飢餓になることはない。岐阜羽島テイストな駅と言える。だが、タクシーはちゃんといてるし、駅駐車場も充実している(ただ、少し多く停まっているようだった)。

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蔵王と言うと、山形ってイメージがあるのだが、宮城側にも観光資源としての蔵王があるのだという。だが、一般的に蔵王と言って思い浮かぶスキー場や温泉のある蔵王には山形からのアクセスが多いよいで、そのあたりはやはり紛らわしい。だが、人と違う蔵王のほうがいいやって向きには最良の選択なのかもしれない。

[ETilog9][Place] 白石城探訪

白石城といえば、片倉小十郎や奥羽越列藩同盟の白石会議あたりが浮かんでくるが、やはり城ファンとしては、「近年で最初に天守が木造で復元された」ことに尽きる気がする。規制が緩和されて出来たわけだが、この木造復元天守は、現存木造天守と違ってまた趣がある。新しい木の香りがなんともたまらないのである。功名が辻で盛り上がる山内一豊の掛川城には行ったことがあったが、この白石城は未踏だったのだ。

そんなわけで、白石蔵王駅から白石城へ。

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徒歩で進んで行ったのだが、ところどころにきちんと案内標識がある。これは有り難い。最近、やたらと迷うことが多くなり、落ち込んでいたものだが、今回は何とかなりそうだ。ただ、市役所付近だけ少し紛らわしく迷いかけてしまった。これは、案内標識が歩行者用と自動車用で違う方向を示していることに起因している。だが、両方を用意しようというところはレアだったりするだ。

白石城歴史探訪ミュージアムへ。ここで天守への入場券も買えるようだ。その日の分の3Dハイビジョン・シアターの上映はすでに終了していた。どうも、宮城県内は青葉城といい、この手の立体シアターが好きなようだ。時間は既に午後4時半を過ぎていた。夏とは言え、天守の中に入れるのだろうか。営業時間が書かれたプレートがなかったのだ。気になっていたが、券売機となりの事務室から人が出てくる気配はない。皆、私に構うことなく各々の仕事に没頭されている様子だった。私は、もう少し上がったところにある券売機で買おうと移動し始めた。その、上がったところにある券売機でも、何時まで~って表示はない。だが、券を売っている以上とりあえず買ったれと購入。

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白石城復元天守である。あとで知ったが、この天守は珍しく野面積みで石垣がつくられている。

写真を撮っていると、事務の人が先ほど入場券を買った自販機をいじっている。さて、そろそろ発券中止にしてるのかと、城へ急ぐ。

天守の中へ。時間は午後5時までで、まだ、大丈夫とのこと。さっそく見学を始める。石落しなどの城のつくりが説明されているのをのぞくと、なかに武具などの展示はなく、博物館化していない。城そのものを味わうことが出来る良い施設になっている。

天守最上階へ。ちょうど、係りの人が外への入り口を閉めかけていたところだった。その方に話を少し伺う。最近では初めて木造で復元された白石城を一度見たかった旨を話すと、けっこう喜んでいただけた。

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どこから来たかと聞かれ、「岩手」と答えると、入り口ですれ違った男性客の2,3人連れも岩手の紫波から来ていたのだという。紫波を知っているかとその客の方たちに聞かれ知ってることを大いに褒められたそうだ。紫波は合併しないで自立の道を選んだって話をすると、少し驚かれたいた。その場で、紫波は人口増減的にはとんとんですって話をしたのだが、自分でもその真偽は怪しくなっていた。だが、あながち間違いでもないようだった。ここ10年で行くべきところまでいって、いまは落ち着いているのだろう*1。南部藩が明治維新後少しの間この城を居城としたこともあったからか、岩手からやはり人が来るのだろうか。白石からは明治維新でだいぶ北海道へ移住した話も聞いた。となりの角田からは更に多くの人が北海道へ行ったという。戊辰戦争後の宮城・岩手両県の苦難を思うと、切なくなる。仙台藩からは多くの人が北海道へ渡り、盛岡藩からは多くの人が汚名に耐えて立身を果たした。私も同じく、北海道へ移住した者の血をひいている。そして、先人たちの苦労の末に栄えている岩手で過ごしている。苦難に耐えこの街を築きあげてきた白石の人たちに、シンパシーを感じずにはいられなかった。

標識がきちんとあって、白石蔵王駅から迷わずに来られたって話をすると、そう褒められたのは初めてだと言う。いつも、道が分からないと怒られてばかりいるのだそうだ。車だとそうなのかもしれない。3Dミュージアムを見ていないことを言うと、大変に惜しがってくれていた。白石城は秋の紅葉が美しいらしい。その時期にまた是非と誘われた。礼を言って天守最上階をあとにした。

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天守入り口の人に時間ギリギリに出ていくことのお詫びをいい、外へ出た。その方は、私が東京から来たことを知ると、きょうのオールスターゲーム大丈夫かと天気を心配しておられた。

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城を撮っていて時間を使っていたら、大手ニノ御門が閉めている最中に出くわした。通る?と聞かれたが、まだ撮りたりなかったので、「いいえ」と答えた。別の帰る道を教えてくれた。その道からは中に犬の散歩にさせに来ていた人が上がってきていたりした。門を閉めるのと、構内封鎖をするのでは別なようだった。


と、ここから帰ろうとしたのだが、スーパーマリオブラザーズの1・2的な「ループ」に引っかかって、白石駅まで行く道を少し迷ってしまう。白石市街が、いがいと広いのである。ぽつん、ぽつんと個人商店が入る商店街が3本程度交差している。大きいスーパーなどはないし、人が多いってわけでもないのだが、車は多い。

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白石駅へ。白石駅には城をあしらったポストもあった。白石市民にとって、片倉家の白石城は心の糧のようだった。

白石からは、東北本線も1時間3本あり、便利である。乗客も多い。電光掲示板には、「人身事故により東北・秋田新幹線が遅延しています」と出ていた。新幹線で人身事故? これが、帰路の不幸なできごとへの幕開けだったのだ。

*1 その方がなぜ紫波にこだわっていたのかは、もう忘れてしまった

[ETilog9][お知らせ] 明日は更新をお休みさせていただきます

明日8月6日日曜日は、事情により、この「TOKYO REVIEW SHOW」、ETilog2「Theメディア市」をはじめとする、私id:ettieが管理しているウェブログすべての更新を自粛させていただきます。ご了承ください。これは、明日8月6日が,予告なく更新されなかった日とは異なる、定められた更新自粛日となっていることに基づくものです。現在、更新が再開されていないウェブログに関しても、明日更新を再開することは御座いません。なお、ソーシャルブックマーク「ETiClip」に関してはこの限りではありません。

また、MSNメッセンジャーなどのインスタントメッセンジャーも1日、使用を見合わせさせて頂きます。ご承知おき願います。御用の向きは携帯電話のほうに電話かメールでご連絡ください。


2006/08/07(Mon.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][野球ネタ] なんか今年度に入って調子がよくない

なんか今年度に入って調子がよくない、というか、4月から5月頭くらいは「飛ぶ鳥を落とす」勢いだったのに、6月・7月と真っ黒な日々になっている……なにかに似ているなとか思っていたら、今年の読売ジャイアンツにそっくりじゃないですかw

巨人ファンではもうないのだけど*1、かつて小学生の頃も成績は巨人に連動していたっけなとか思い出したりして、懐かしい。

*1 アンチになったわけではない

[ETilog9][Computer][Mac] SafariRSSの便利な機能

いや、単にそういう機能があると気づいただけなんですが。

SafariRSSでフィードを読むとき、新着のものには日時のところに色をつける機能(「新しい記事に色をつける」)があるんですね。デフォルトのオレンジで表示させると、かなり便利。……これまで、過去に呼んだこともあるフィードも追っていて、時間をロスしていたのでorz

あなたの知らないMacは、まだあるのです……*1

*1 おまえだけだっちゅーの>俺

[ETilog9][Computer][Windows] Windows Messengerに激怒

ある休日。わたしは自宅のPCでネット見ながらだらだらしていた。すると、突然画面右下にポップアップが。起動されていない(してもいない)、Windows Messengerでのメッセージだ。

いや、本当は休みの日くらい誰からも干渉されずに隔離されて引き篭もりたいってのもあるんですが、計算機の分際で自分が予知しない出過ぎた真似をされるのが私は大っ嫌いなのですよ。なもんですから、気分を害していろいろ調べてみることに。

手元にあるPowerBookで、自分のもうひとつのアカウントから入ってみると、やっぱりWindows Messengerでもいつも使っているMSN Messengerでも起動もサインインもしていないのに、PCを起動しただけで、勝手にサインインしてくる。

で、いろいろ試行錯誤してみて、Windows Messengerをアンインストールしたのがよくないってみたいで。WindowsXPにおいて「プログラムの追加と削除」でWindows Messengerを削除したところで、XPを起動するたびにWindows Messengerのプロセスは立ち上がっているみたいだし。

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Windows Messengerがアンインストールされていない状態(左)では、「オプション-設定」に「Windowsの起動時に Windows Messenger を起動する」のチェックがつけられる項目があるんだけども、アンインストールしたときに立ち上がっているmsmsgs.exeから設定画面をみてみると(右)、そのチェックができなくなっている。それで勝手に立ち上がるは、タスクバーにも出てこないはとアンインストールされたことの恨みを晴らしだしてくれると言うわけであるl。いただけない仕様だ。

結局、Windows Messengerを再度入れた上で、「Windowsの起動時に Windows Messenger を起動する」をオフ、MSN Messengerもパスワードを保存しないようにして(もちろん、起動時に立ち上がらないようにした上で、自動接続もしないように)、勝手にサインインすることを防いでみた。

最近は、Windows live!がらみか、いや、それ以前からか、MSN SpacesやHotmailにアクセスしただけでメッセンジャーも立ち上がるしなあ。。。なんというか、いいサービスはいいんだが、おせっかいになってしまうのは困りもの。気が利くねって思えるのならいいんだが。

[ETilog9][Computer][Mac] iChat

そんなわけで、一時は脱MSN Messengerも考えたくらい頭にきていたんですが、このMSN Messenger普及率下では無理な話ですね。そんなんで、気晴らしにiChatを使ってみることに。AIMアカウントが使えると言うので、ICQのUINも使えるかもーとかダメモトで試してみたら、使えるじゃないですか*1

これはいい~これでiChat AVだっ!って、まわりは皆MSN Messengerユーザーなのであったw*2

ま、そんなにMSN MessengerイヤなんだったらSkypeだけにするって手があるみたいですよ。しないけど。

*1 ……ほんとうは、パスワードを忘れていて、再発行を試みるも上手くいかず、最後は以前に再発行してもらったときに届いたメールに書いてあったパスワードを入れたら上手く言ったというドタバタぶりもあったりしたのですが

*2 とかなんとかのうちに、某でじま氏が完全switchしてICQのUINを発掘してくれた。これでiChatできるぞ~って、ごめん、iChat滅多に立ち上げてない(爆)

[ETilog9][ETilog] ケータイでこの「TOKYO REVIEW SHOW」を見ようとすると

「1ページの最大サイズを超えたので中止しました」とか怒られる。。。なんてことだ。

いや、movaのiモードなんかで見てるのが悪いですかね?


2006/08/08(Tue.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Review][TV] パロマのお詫びとお願いCM

ナショナルの石油ファンヒーターのCMが終わってきて、というか、ようやく落ち着いてきたというか、どれだけ見ても大丈夫な体になったと思った矢先、朝からパロマのお詫びCMが……男性の太い低い声でこれまた不気味…暑い夏に寒気を覚えることをしでかしてくれたもんですよ、パロマも*1

ところで、自宅の湯沸かし器がパロマだったわけですが……まあ、該当製品ではないのだけど。

*1 YouTubeに上がっている改造版がまた怖い編集をしている…って、何見てるんだか

[ETilog9][Essay] 生きてる価値のない人間と、どう向き合っていくか

以下は、白石に寄った]帰りの話である。


白石駅から東北本線に乗って、在来線で仙台まで来た。仙台駅の新幹線口の駅員に聞くと、その日は、東北新幹線宇都宮-那須塩原間で男性が自殺したとかで、列車が30分程度遅れているとのことだった。あとで知ったのだが、運転士が男性の遺体のようなものを発見したころに私は東京駅を出ている。そのまま真っ直ぐ帰ってれば事故に巻き込まれることもなかったわけだが、それは出来ないと言うものだろう。今しかこのように東北各地を見てまわることは出来ないのである。今既に定刻どおりなら発車しているはずの遅れているはやて(全席指定)に乗ることは出来るのかと問うと、それはみどりの窓口で聞いてくれという。それでみどりの窓口へと向かったわけであるが、仙台駅3階のみどりの窓口はめちゃ混みである。自動券売機まで長蛇の列が出来ている。私は“回避可能な待ち行列”が嫌いだ。私は、次にやってくるはやてで帰ることをあきらめることにした。他の券売機でも新幹線指定券は買えるはずだ。そう踏んで探してみると、2階の在来線改札口にあるスーパーひたち号用の券売機が、誰も並んでいないくせに新幹線指定券も買えるようになっていた。私はそこで、次の次のはやての指定券を買い求め、ジュンク堂で時間を潰して待った。思えば、最近は鉄道運がない。去年北海道に行ったときは、乗ろうとしていた夜行特急が台風で運休になった。今年に入ってからも、サンライズ瀬戸が2時間以上遅延して特急料金払い戻しになった。厄のパワーか、誰かの呪いか。


その指定券のはやての発車する定刻になったので、新幹線改札へ入り、ホームへと向かった。やはり、はやては来ていない。構内アナウンスによると、現在まだ郡山だという。私は、駅構内のコーヒーショップでラテを求め、さらに時間を潰すことにした。その店も8時になり閉店の時刻になったので、同じく駅構内のニューデイズでNREの厚切り牛タン弁当を買い求めた。有名な牛たん弁当は地元・こばやしが出しているものだが、これは以前、仙台からスーパーひたちで上野まで帰ってきたときに食べたことがあったので、こちらにしてみた。こちらのNREのものも加熱容器を使っていて、ライバル心むき出しである。食べて比較してみるのを楽しみに、遅延のイライラを紛らわしていた。


列車は40分程度遅れてようやくやってきた。郡山と福島にも臨時停車したようで、次の臨時はやて号が10分強の遅れなのに対し、その前を走ってきたようだった。

指定の席は2A席。2番目の窓側だ。目の前の席(1A)席は、制服姿の女子高生が礼儀正しく座っている。新幹線で、制服姿の女子学生を見ることは、稀である。リクライニングもほとんど使わず、ちょこんと座って礼儀正しくしている。そんな女子高生は、新幹線の外でもレアである。駅弁をおくために席の机を取り出そうとすると、仄かに良い匂いがした。私は、少しばかり気をよくしながら、駅弁の加熱容器のひもを思い切りひいた。


新幹線は仙台駅を発車した。車掌のお詫びアナウンスが入る。自分たちの過失でもない人身事故に詫びなければならないのだから、運輸業も大変なことである。車掌氏が忙しく動き回っている。検札ではないようだが…と思って、私はふとあることに気づいた。ここは、2Aの席ではなく、16Aの席であることに。16Aの席は16B・16Cとも空席で、人も乗車していないようだし、このままでもいっかとは一瞬思った。しかし、私はそういったことに融通が利かせられないというか、あとで本来この席だったひとが来た時にわざわざどくのが面倒というのと、まだ検札もなく、検札時に説明するのが面倒というので、席を移ることにした。


本来の指定された席である2Aの席へ移動して、私は言葉を失った。


2A・2B・2Cの席は後ろ向きに回転されており、30代後半から40代と思われる中年の女が足を伸ばして向かいの1Aの席に座っていたのである。2Cの席には、壮年のスーツを着た男性が座っていた。私はもといた席のほうがよっぽど良いと思ったが、先に述べた理由で戻るわけにはいかなかった。「すみませんが」と指定券を見せると、女は少し憮然とした顔で足をおろした。思えば、この席は「座席表から指定する」で自分で選んだ席である。自分の不運を呪った。

私は荷物を棚に乗せて座ったが、不愉快さは頂点に達していた。東北新幹線には20回と乗ってるだろうが、一度たりとも単独行で後ろ向きで乗ったことはない。なんでこの俺様が後ろ向きに揺られて高速運転される新幹線に乗らなければならないのだ? いや、例えば始発駅から座るときに、自分の席を含むところに幼い子どもを含む家族連れがやってきて、「すみません、席を回転させてよろしいですか」っていうのなら、わかる。私は、喜んで家族に協力しただろう。だが、この席はブサイクな中年女の快適のために回転されていた! ……いや、この手の回転する座席で、席を回転させて足を伸ばすと楽なのは分かりますよ。はっきり言ってグリーン車よりも快適になりますよ。私だって車内が空いてる時にやったことはありますよ。とは言え、私は指定席車両でコレをやったことは、ない。いつ、その席に座る人が乗ってくるか分からないからだ。しかも、今日は事故の遅延のせいもあってか、いつもの仙台-盛岡間よりは混んでいるのである。

私は、席をもとに戻して頂けませんかと言おうかと思ったが、言えなかった。1A席の女性からは対角線上に座っている2C席の男性と、この傲慢な女は連れ(カップル)なのかな?と一瞬思ったからである。でも、しばらく座って見ていてみて、会話は一切ないし、そうでもないことが分かってきた。それに加えて、3人掛け席というのは、意外と回転させるのに苦労する。回転する前後の席でリクライニングされていない状況でなければならない。3A~3Cの席はリクライニングされていて、回転して元に戻すのは難しい状況に思えた。私は席をもとに戻すことを諦めた。


私は足が長い。ごくごくたまに、「足が長いですね」と言われることはあるが、それ以外に役立った試しはない(それもちょっと感嘆されるだけで、それだけのことである)。1A席と2A席で向かい合って座ると言うことは、物理的に不可能であった。だいたい、その醜い女の顔を見るのも嫌だった。その女と膝と膝が交わると考えただけでも鳥肌がたった。私は、真ん中の席との肘掛を倒して、2A席と2B席の真ん中に座るようにした。これなら、検札でもとくに言われることもあるまい。

と、私はここで、既に十分加熱されたと思われる牛タン弁当の存在を思い出した。駅弁をあけるとにおいがするものである。この女の前では飯も食いたくなかった。だが、ここで食べないと乗り継ぎ列車の接続の関係もあって、食べるのは自宅に着いてからになってしまう。冷めてから食べる牛タン弁当ほど虚しいものはあるまい。かと言って、捨てるにはもったいない。私は、この向き合った席で食べることを決意した。牛タン弁当のふたをあけると、あたたかい蒸気が広がったが、何の感慨もなかった。とろろをかける作業すら躊躇われた。この席で食べるものは、どんな飯でも不味くなるのは、当然の結末であった。厚切り牛タン弁当は何の味もしなかったが、NREにはなんらの罪もないというものである。本来なら、牛タンらしからぬ厚い肉と、麦飯ととろろのハーモニーを味わうことが出来たはずなのに。こばやしの牛タン弁当とのコントラストを楽しむことが出来たはずなのに。私の怒りは頂点に達した。

その女は、大きいボストンバックに、巨人のユニフォームを着たハローキティのマスコットキーホルダーを下げていた。笑止千万である。その歳でキティちゃんかよ。しかも巨人のユニフォーム(笑) 巨人ファンが嫌われるのも当然ではないか。1Cの席の後ろには、弦楽器のケースが置いてあった。音楽やる奴にはロクな奴はいねえんだろうなあ。その女は目を閉じていて寝ているようだったが、メールが来たのか、ピンク色の携帯電話をいじり始めた。メールを開いたと思われる瞬間、前歯2本を出して笑いやがった。きんもーっ☆ その女は一心不乱に返信を親指で打っている。ウザい。醜い。見ているだけで気持ちが悪い。さっさと失せろこのババァ!!

私は、同じく逆向きに座っている通路側の中年男性も怨んだ。まさか大宮以南から逆向きに座っていることもあるまい。なぜ平然としているのか。仙台から乗ったのか。だとすれば、なぜ来て席を元に戻してくれなかったのか。この女が座っていたからか。この女の傲慢をなぜ許容するのか。思考回路は再び、呪いの矛先を女へと向けた。


水沢江刺、北上、新花巻と、一駅一駅通過することも長く思われた。ようやく盛岡到着のアナウンスが入り、私のこころは少し安らいだ。その女は降りる気配もなかった。青森の女か。私の中の青森県の良いイメージがガラガラと崩れていくのを感じた。いや、今の時間なら函館までまだ列車があるか*1。どちらにせよ、私にゆかりのある青森県や北海道の人かと思うだけでもショックを禁じえなかった。1C席の後ろの弦楽器のケースを、若い男性客が持っていった。その楽器は女性のものではなかったようだ。そそくさと私もその彼の後についており、ドアが開くのを待った。ようやく列車が盛岡駅で停車しようとするとき、その女性はボストンバックを持って立ったではないか!


この女は盛岡の人だったのか!


私は、途端にへなへなと力が抜けていくのを感じた。こんな奴が盛岡にいただなんて……私が岩手で過ごした5年間はいったいなんだったのだろう。こんな奴がいる盛岡で私は、このまだ若い多感な時期を過ごしたと言うのか。私は、自分の人生が墨で黒々ととどめなく塗られていくのを感じた。……いや、待てよ。もちろんではあるが、この先東北本線で南へ行くかも知れず、IGRいわて銀河鉄道で北へ行くかもしれない。ただ、新幹線で北上やいわて沼宮内には行ける以上、盛岡から近い都市の人だということになる。どちらにせよ、岩手の人である可能性が高い。106急行で宮古へ行くかもしれない。いや、盛岡から高速バスで弘前や久慈に行くかもしれない。。。


私は、駅のゴミ箱にペットボトルを捨て、その女の後を追うことにした。駅で向かう方向で推測をつけることは出来ると思った。だが、私はここであることに気づいた。自分が座っていた席の棚に、駅弁の残骸を残してきたことを。新幹線にゴミを捨てて降りることは、自らを行い正しい清い人間だと信じている、あるいはそのようにあるべきだという信念を持つ私にとって我慢がならないことだった。こまち号は発車の時間だったが、私はもといた席へ戻り、相変わらず2Cの席に座っている男性に足をよけてもらってゴミを回収し、駅のゴミ箱に捨てた。


例の女は、もう見えなくなっていた。彼女がどこへ向かったのか、それを知ることは困難となっていた。私が愛した、この美しい岩手にあのようなきたない人間がいて良いはずがない!! そうだ! こいつは東京から岩手に遊びに来た奴なんだ!! そうに違いない!


……と、ここまで憎悪が蠢いたところで、私はふと思った。この女性も、仙台駅から乗ってきて、自分の席に着いたときには、この席は回転されたままの状態だったのではないか。そのままの状態で座り、しばらくして向かいの席に誰も来ないようだったので足を伸ばして座っていたのではないか。これなら、分からなくもない。自分だって同じ状況下なら同じことをやっていたのかもしれない……いや、自分なら席に誰もいなければ戻していただろうし、指定席だから足を伸ばしてなんかいなかったはずだ。しかし、私が席にやってきたのは仙台駅を発車してから10分程度は経っていたのである。目の前の席に人は来ないと思うのが人の情であった。2C席の男性も、仙台から乗ったときに、既に前後に人が座っていて戻すことが適わなかったのかもしれない。思えば、先日、福島に寄った後に仙台から乗ったときには、席に缶ジュースがおいたままになっていた。私は非常に不愉快に思った。いつもなら自分が出したわけではないゴミは絶対にそのまま残すのであるが、私は少し優しい気持ちになることが出来るようになっていたので、ついでに自分がゴミを放置したと思われたくなかったので、盛岡駅で代わりに捨てておいた。新幹線に乗ると、ゴミを置いたまま下車する人が本当に多い。終着駅でなら分からんでもないが、結局は車内清掃時にかかるコストは、きちんと駅のゴミ箱に捨てられる時よりも高くなり*2、それは自らに跳ね返ってくるものでもある*3。全く理解できないのは、終着駅でもないのにゴミを置いていく奴が多いことである。その席に、降りた駅から客が乗ってくるというイメージが出来ないのだろうか。自分がもし、そのような席の指定券をもっていてやってきたら嫌だなと思わないのだろうか*4。私はここで、下りの新幹線で仙台で降りる奴は、ゴミを散らかし、席も元に戻していかない、民度の低い奴らだという仮説に至った。そのように書くと、宮城の人は怒るかもしれないが、なんてことはない。仙台で降りるのは、宮城の人だけでなく、山形へ仙山線で向かう人もいるだろうし、仙台から各駅停車タイプのやまびこに乗るであろう、花巻以南の岩手の人も大勢いるのである。自らの住む県の人間がそのような行為をしている可能性を想起したとき、私はとたんにげんなりしてしまう。そもそも、同じような奴らは名古屋でも大阪でも、恐ろしいことに盛岡でもいないってことはないのであった。あくまで、自分が被害にあうことが多いからこそ、そのようなことを思うに至ることができるようになるのであった。どちらにせよ、結局は回転されていた席の真実を知ることは出来ないのであった。


私に言わせれば、回転させた席を元に戻して降りない奴も、途中なのにゴミを席に置いたまま降りる奴も、生きている価値はない。そいつが生きていることによって、マイナスのコストが社会にもたらされている。社会にとって有害な連中である。早期に除去されなければならないはずである。なのに、彼らは害を被る人を押しのけて平然と生き続けるわけである。彼らに対して与えられるべきものは、憐れみか赦しか。それは私には分からない。まさに、創造主のみぞ知る、といったところだろう。


ところが、それに似た罪は、自分でも気づかないうちに私も犯しているのかもしれないのであった。そのように自省すると、私は途端に生きていることが苦しくなる。そのようなおそれが自分にもあるくせに、このような邪念・怨念・呪詛を自らがたぎらせることに対し、非常に恐怖を感じるのである。この自らに渦巻く憎悪が、他人の中で自分に対して向けられていると思うだけでも狂いそうである。自分もまた、そのような憎しみを買っているのかもしれないのである。

さらに、足を伸ばして座っていた例の彼女は、たまたま席が回転されている席の目の前に座っていた可能性も高いのである。わざわざ席を回転させて己一人の快適を貪っていたわけでもなさそうなのである。そのように考えると、無罪「かもしれない」咎に憎悪をかきたてていた自分が、少しおかしく感じられてきた。

とは言え、私は自分が間違っているとは思いたくなかった。私は絶対の被害者なんだ。そいつのために人生で最も不愉快な新幹線乗車を経験する羽目になったんだ。そう叫びたかった。だが、私は冤罪をひどく、激しく、何よりも憎む人間である。その私が冤罪で人を憎んでいるのかもしれなかった。だいたい、その人がホームへの帰着なのか、あくまでビジターなのか分からない以上、その土地と関連付けてレッテル張りをするのは、その土地の人々にとって冤罪になる可能性が高いのである。そう言えば、彼女のものでもない弦楽器を彼女のものと誤認して、「音楽やる奴にはロクな奴はいねえんだろう」とか考えていた。これは間違いなく冤罪ではないのか。

罪なき人間に罪を断罪し、激しく憎む……私もまた非常に醜い人間だということになるのであった……


人間はどこまで赦しあうことが出来るのか。最後まで生き通しても分かる自信は、今はない。最後まで分からないかもしれないし、分からないでも赦したり、赦さないままでいたりしなければならないのかもしれない。そのことについて、真理というものがあるような気はしない。


盛岡駅から、ワンマン運転の在来線に乗る。列車はすごい混雑で座れなかった。立ったまま、私はまだ不愉快な気持ちでいた。駅に停まろうとするとき、アナウンスがあった。「本日は列車、大変混みあっております。車内の移動は困難と考えられますので、すべてのドアを開放する許可を頂きました。切符は降りた駅改札の切符入れにお入れください」 運転士氏は自分の上司に許可を頂いたのだろうが、客に対してそのように上司への敬意を表す敬語を使うのはおかしい。だが、そんな細かいことはどうでも良かった。その電車で、そういった配慮がなされることがこれまでになかったから。やれば出来るじゃないか。殺伐としていた私の心が、少しばかり和んだ。


駅を降りて、コンビニに寄った。前に入ったきれいな女性が、私が入るまでドアを開けていてくれた。誰かに優しくされたら、それだけで生きていける。私はようやく、楽しかった今回の旅のことを思い出すことができた。

*1 調べたら、そのはやては青森まで行くつがるに接続する最後の新幹線だった。接続待ちをそのつがる号がしたのかは知る由もない。白鳥号は既に終わっていたが、そのつがる号はあおもりではまなす号に接続する。従って、新幹線で私が考えた類推としては間違いではないが、断定出来ないことには変わりはない。以上追記

*2 清掃員がわざわざ席に入って屈んで処理するのと、客が通りがけにゴミ箱に捨てるのでは、どれだけの運動エネルギーの差があるだろう

*3 このときはまだ、東北新幹線の車内ゴミ箱の使用が解禁されてなかったのだが、既に車内のゴミ箱が使えるようになっている東海道・山陽新幹線でも同じコトをする奴を見かけた

*4 [[新横浜から乗ったときも愉快ならざる思いをしている|20060731#p01]]。そんなんで私は途中駅から特急に乗るのが嫌いなのである

[ETilog9][Computer][Mac] さよなら、Power Mac。こんちはMac Pro

Apple公式にも来たな。

Xeonか…いや、十分速くて安いってのは分かるんだけど、なんか実感わかないなあ。Power Mac G5 Quadの最大2倍なら、ユニバーサルバイナリでないアプリはつらいよな、まだ。iMacとMacBook Proのときの4倍5倍の衝撃には敵わない。……まあ、それでPowerMac G5の4倍とかのスピードだったら、責任問題か。って、XeonはXeonでもCore 2 DuoアーキテクチャのWoodcrestなんだな。なんでインテルはXeonって名前残したんだろう。というか、最近このあたり不勉強だなあ。あ、Xserveも出てる。

Leopardの目新しいのはTimeMachine。これでファイル操作ミスを気軽に戻せるかも? でも、GUIでしか使ってなかったらごみ箱送りになってるだろうから、実際はどうかは不明。まあ、OSXの更新はひとつおきって決めていたので、あまり突拍子もないアップグレードだと凹んでました、きっと。

(追記)オンラインのApple Storeを見る限りでは、PowerMac G5の併売はないみたいだけど、どうなんだろう。随分ラディカルだなあ。OS9起動できるPower Macintosh G4も随分ながく置いてたのにね。

[ETilog9][時事ネタ] 台風でまた列車が運休する

東京―大垣(岐阜県)間を結ぶ特急「ムーンライトながら号」や

[Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <台風7号>特急運休など交通機関に乱れより引用]

ムーンライトながらっていつから特急に格上げされたんだ?>毎日新聞


2006/08/09(Wed.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Web] livedoor Readerその後

livedoor IDを取得してまで試してみたlivedoor Reader。たしかにIEでもきびきび動くし、やりたい処理(購読解除するとかフォルダ削除するとか)がないとかいうことはないし、先読みもあるし(自分はあまり恩恵を受けてない)良いのですが、結局はBloglinesから移れないという、未だに。なんか、見てると著名なブログのリンク元の上位はlivedoor Readerになってるし、みんなみんな、自分の周りだけでなく移行しているのが世の趨勢のようです。

しかしながらー、自分で分類したフォルダをクリックして、その分類されたいくつかのブログをPowerBookのスクロールトラックパッドですーっと流れるように読むってのに慣れてしまって、どぅもキーボード操作前提としか思えないlivedoor Readerには馴染めないのですよ*1。キーボードで記事ごとに飛ばすと、ディスプレイに表示しきれないエントリだってあるじゃないですか。スペースキーでスクロールすればいいのかな? いや、たかだか1日2エントリ前後の更新しかされないブログしか登録していないときに「wjjsjsjjsjsjsjs」とかは辛くね? って、キーボード派のひとから見ればわざわざマウスポインタ動かす方が面倒なのか。フォルダに分類された記事をまとめて読むってのはどうも実装される気配もないし。

とはいえ、Macがない環境でBloglinesは安定しない。そんなわけで、予備のRSSリーダーとしてやってきたわけですが、なんかもったいない。ついでに、未読記事たまりすぎて予備としては使えない(笑)。

そんなわけで、「予備のRSSリーダー」にははてなRSSを使うことに.はてなRSSは、既読になった記事も表示させることが容易(というか、そういう仕組み)で便利。フォルダ分けでの表示も出来る(が、フォルダを表示する位置がデフォルトでは使い辛い…CSSでどうにか出来るのは魅力)。それに、はてならしい「番組表」表示も出来るので、未読がたまりすぎていてもそちらで表示させれば、最近更新された記事だけを概観することが簡単に出来ると。

まあ、なんかメインにはし辛いのだけど、良い位置なので可。

それで、livedoor Readerは登録してたブログの購読を解除して、自分が勉強したい分野が中心に書かれたブログをフォルダ分けしないで突っ込むことにした。livedoor Readerは忍者の浮き島わたりみたいに、ぽんぽん読み飛ばしていくのに向いているのだとおもう。10個くらいで登録数は減ったけど、却って読めてる。そう、10個程度のブログをルートに分類せず登録したら使いやすくなったのである。これなら、左端でフィードを選んでからスペースで下へ読んでもこわくない(つかれない*2)。これが、30くらいだとよくないのであった。そんなわけで、livedoor readerは精読をしないRSSリーダーと決めた。どのブラウザでもlivedoor Readerは速いが、最近は読み込みが出来ない場合も出てやっぱ負荷かかってしまうようになったのだろうか。

とりあえず、使い分けを施行してみた。今後どうするかは不明。

*1 この記事に全く同意

*2 北海道方言


2006/08/13(Sun.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Train] リアス・シーライナーに乗る

(追記:2019/3/31)オリジナルサイズ写真へのリンクを付し初回公開時に公開していない写真も含めた完全版に更新しています(詳細


岩手に来て5年。だいぶ岩手県内の各地に行く機会に恵まれた。とは言っても、普段は車で7分という職住近接環境を享受しているので生活圏は限られている。なんでいろいろなところへ行くことが出来たかと言えば、東京から来る友人が岩手にやってくるときに、一緒に観光したおかげである。私を訪ねて来てくれるだけでも、彼らには感謝、の一言である。

岩手県内でも市町村合併が進んだおかげで、たいていの市町村を制覇したことになっていった。だが、それでも私の及ばない地域があった。三陸沿岸北部、久慈や種市のあたりである。今年で私は岩手を離れてしまう。岩手最後の夏、ここは私がひそかに狙い始めている「JR全線乗り潰し」の一端として、八戸線や気仙沼線にもあわせて乗ろう、となるとおのずから三陸鉄道の季節列車「リアス・シーライナー」に乗るのが良いということになるのであった。

しかしながら、私は先立つものに恵まれてない。だから、これまで乗りに行くことも出来なかった。ただ、今年は岩手最終年。いよいよ清水の舞台から飛び降りた。

私の自宅は盛岡周辺にある。1日で、リアス・シーライナーを仙台-八戸間を乗り通した上で、出来るだけ安く、なおかつ1日で帰ってくるにはどういうプランが良いか。上りで行くべきか、下りで行くべきか。いろいろ考えた結果、次のような旅程となった。

盛岡0716→→(はやて93号)→→→→→→八戸0749
八戸0811→→(リアス・シーライナー)→仙台1814
仙台1857→→(東北本線)→→→→→→→一ノ関2035
一ノ関2113→(東北本線)→→→→→→→盛岡2245   


そんなわけで8月3日朝、盛岡駅へと向かった。青春18きっぷと盛岡-八戸間のきっぷを購入。IGRと東北新幹線の差額が500円と変わらないのは、相変わらずショックである。東京方面へ向かう新幹線ホームに既に入線しているはやて号へ。自由席のあるレアなはやてである。

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発車20分前に列車に乗り込んだが、すでに窓側席はすべて埋まる混雑。発車の頃には3列シートのB席以外ほぼ埋まる混雑ぶり。平日のみの運転とは思えない。

盛岡を出たときには雨がちらついていたが、一戸トンネルを越えるとそれまでの天気が一変、すかっとした青空がのぞいた。列車は二戸駅に停車。ここで、ずいぶん降りた。早朝の二戸に、ここまでのビジネス需要があるのかと、驚いた。

八戸駅にさしかかる。だが、車内アナウンスの接続列車案内でリアス・シーライナーが案内されない。少しばかり不安になる。


八戸駅到着。駅構内は、開催中の八戸三社大祭で装飾されていた。

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リアス・シーライナーがきちんと電光表示に出ている。一安心。

発車ホームには、何人かシーライナー待ちの人がすでにいた。鉄分濃そうな人よりは、定年後の観光目的の方のほうが多いふうだった。

列車入線。

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リアス・シーライナーの上り仙台行きは、久慈まで3両編成で運転される。私は、とりあえず3両めの進行方向左側座席を確保した。乗り込んだ人は例外なく左側を確保していた。仙台行きであれば、ほぼずっと*1進行方向左側の座席が景色が良い。

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列車は定刻どおりに出発。が、発車してすぐに列車交換で駅でない部分で10分以上待たされる。発車を遅らせることは出来ない仕組みだろうか。

本八戸駅へ。八戸行き列車はなかなかに人が乗っていた。車窓から見えるバスプールには、人は少ないようだった。だが、本八戸を発車しても街は長々と続くのである。八戸よく分からん。

市街は徐々に収束し、きれいな海が車窓にひろがる。

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種差海岸駅から。漁船も多い。

ここからは、初到達の市町村が続く。

階上駅に停車した。駅は市街からは離れているようで、発車してすぐ林に突入するのだが、それでも家が連なっている。八戸のベッドタウンとして、港と住宅街が混在している。駅でドコモの電波が入りづらく、ウィルコムの電波がバリ5だったのが印象に残った。

種市へ。ここは、今は洋野町となった。旧日本兵が帰還してきたのは旧大野村、母娘殺害事件があったのは、旧種市町だったが、岩手の中では全国ニュースにちょくちょく出てきていたのが現状である。種市駅は、町の中心らしい風格ある駅だった。駅からは建物が連なっていたが、商店街だろうか。ただ、街の広がりは列車から見た限りでは見受けられなかった。八戸市との経済的つながりを見たうえで、久慈との合併を拒否して(広域合併をも見据えて)洋野町をつくったのである。久慈と八戸のバランスの上にあるのだろう。


そして、久慈へ。久慈市に入ったことで、岩手の市は全部最低でも通ったことがあることになる。だが、久慈駅の停車時間は8分で、しかもリアス海岸を望める進行方向左側の座席を離れるのは惜しく、降り立つことは出来なかった。久慈駅からは、JRから三陸鉄道に乗務員が交代した。

三鉄区間に入り、「チームけさんた」*2という、女性二人組の沿岸市町村のボランティアの方が解説を始める。解説の頻度は、だいたい各駅停車前毎で、駅から行ける名所を紹介するもの。バスガイドのようにずっと解説するものではなく、頻度としては気持ちよい。ただ、「なにぶん行き届かぬところも多いと思いますが」と謙遜を4回くらいしていたのが引っかかった。これもまた岩手の奥ゆかしさだろうか。

陸中野田駅到着。野田村は市町村合併で大混乱、市長のリコール騒ぎに発展した。だが、それは岩手ローカルな話題であったろう。村の平原のどまんなかにある駅で列車交換。のどかでいい。

ここで、車掌と、おそらくは移動で乗車しているだけと思われる三鉄職員の方がアンケート用紙を配布に来る。相当なやる気である。ここで、車掌の方に「三鉄1日とく割フリーパス」を求めた。これは、青春18きっぷを持っていれば、北リアス線用は900円、南リアス線用は530円で乗り降り自由のフリーパスを購入出来るというものである。以前は車中では販売されておらず、久慈駅でダッシュということもあったようだが、リアス・シーライナーにあかぎっては車中で買えた。ただ、北リアス線内では北リアス線用しか買えないとのことで、南リアス線用は南リアス線の区間で購入してほしいとのことだった。

列車は普代駅へ。ここで、チームけさんたの方たちは下車。最後の挨拶のときには車中から拍手が起こっていた。普代村も初探訪である。景勝地・北山崎への玄関のひとつでもある。


ここからは、トンネルも増える。普代から先の田老までは、北リアス線開業時に新規着工された区間、山がちなリアス海岸をトンネルで遠慮なく短絡する。

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安家川橋梁。差し掛かったところで、列車は徐行し始め、やがて停止した。「シャッターチャンスで御座います」と丁寧にアナウンスが入る。…いかにも観光客っぽいよなーと思いながらも、シャッターを切ってしまうのであった。時期によっては安家川に鮭の遡上をみることが出来るらしい。トンネルを多く通る北リアス線だが、ところどころに出てくる風景の価値が高まっていて、五能線のように途中でインフレ気味になるという贅沢なる事態にはならない。これもまた魅力なんだと思う。


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三陸鉄道から大沢橋梁を望む。田野畑の思惟大橋は何回か通ったことがあるが、下から見ることができればもっとすごいのかもしれない。陸中海岸は、ホント山の中だ。

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トンネル内ではイルミネーションが乗客を楽しませてくれる。見てお分かりいただけると思うが、結構なリクライニングシートである。これなら10時間の鉄旅も出来る。

ちなみに、先頭車両のリクライニングシートは色違い

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普代村を抜け、田野畑村へ。

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田野畑村には二つ駅があるが、4000人程度の人口の割にはどちらも主要駅扱いである。田野畑駅は北山崎への玄関口、鳥越駅は海水客需要か。列車は岩泉町へ。小本駅は、国道から見上げても堂々とポツンとホームがある駅で、前から通ってみたかった。


列車は田老駅へ。交換で少し時間待ちだというので、ここで初めて列車から降りてみる。

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田老駅は、国鉄宮古線時代の終着駅である。旧田老町は、おだやかな街が広がる、津波被害の歴史の暗さを感じない駅だが、心なしか田老駅は、「赤字ローカル線の終着駅」に相応しい品格がある。駅舎があるほうは交通量の多い国道1345号*3もあり寂しさはないのだが……

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田老駅を発車した段階で、検札を行う旨がアナウンスされる。なかなか検札がないものだから、いったいどこでやるんだろう? 下手したら青春18きっぷだけで北リアス線通り抜けられるんじゃないかとか思ってしまっていたのだが、そんなことはさすがにないようだ。だが、ここでフリーパスをようやく買う人もいた。車掌氏もとくになんとも言ってなかったが、それは客がアジア系東洋人だったせいだろうか。


小本駅で、岩泉の乳製品の売り子さんが乗ってきていた。乗客全員に岩手日報地域面沿岸ページのコピーを配っていた。岩泉でその手の乳製品に力を入れているというのは、意外と知らなかった。

宮古に向かう車中で、折り返し再度売りにきた。思えば、きょうは朝には何も食べていない。そこで、岩泉ヨーグルトを買って食べてみることにした。

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砂糖も入っていないが、たしかに甘い。酸っぱさもその分あるが、市販のヨーグルトでも似た程度の酸味かもしれない。だが、その酸味が甘さを演出してくれているのである。すごい。


列車は宮古に到着。

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宮古はいったい何回目だろうか。正直一番身近な三陸の都市である。駅のホームに降り立つと、三陸鉄道マイレール促進会の皆さんがうちわを渡してくれた。平日だと言うのにきちんと歓迎されたことを嬉しく感じた。

さすがに腹が減ってきたのだが、きょうも駅弁はなかった。魚元の駅弁は、盛岡駅以外で見たことがない*4。諦めて先頭車両に。座ったところで、後ろから慌ただしく弁当を売りにきていたが呼び止める間もなくその男性は立ち去っていった。思えば、宮古到着直前に乗っていた後部車両では、検札で「駅弁まだ?」ってお客さんが車掌に聞いていたっけ。ただ、快速列車なのに三鉄区間では北リアス線でも南リアス線でも車内販売があるというのはすごいことである*5。いやー、しかし後ろから売る法もあるまい。


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宮古駅からは、しばらくJRである。三鉄の人たちとマイレール利用促進会の人たちがそろって見送りをしてくれた。車内でも、手を振っている人が多かった。リアス・シーライナーは企画モノ列車のはずだが、心の交流が多い。乗ってよかったと思える心あたたまる風景だった。

車両にはこんなステッカーが。

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いよいよほんとうの赤字である。状況は、厳しい。沿線住民30万人が1回でも乗るということが意外と難しいのだ。マイカーに慣れてしまうと、鉄道で待つのが苦痛になってしまう。ただ、観光客は意外と鉄道を好む。自分が自動車運転下手ということを差し引いても、まず電車で移動出来ないか考えてしまうのが、首都圏在住の長い人間の癖というものではなかろうか。


さて、ここから先しばらくの山田(海)線は、以前乗っている。そんなわけで、せっかくの旅だが、ここを睡眠区間に当てることにした。なにせ、前日の真夜中前に3時間寝ただけで出てきているのである。南リアス線や気仙沼線など、未乗区間の風景は目に焼き付けておきたい。

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列車は釜石駅へ。

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さすがに飢餓に耐えかねてきたので駅の外に出る。ローソンが駅前にあったので買おうかと思ったが、少し離れているので停車時間的に不安がある。さてどうしたものかと思っていると、駅の立ち食いそばに売っているおにぎりが目についた。「このおにぎりも食券で買った方が良いですか」と聞くと、「ちょうどなら直接でもいいわよ」という。よく聞き取れなかったので、300円をわたすと、駅そばの小母さんはわざわざ外に出てきて、おつりを食券を券売機で買って私にわたしてくれた。恐縮であるが、優しさを感じることが出来た。私は、十分にお礼を言ったあと、キオスクで飲み物を買って列車に戻った。すでにホームに出ている人もなく、列車は乗り込んでしばらくしたら発車した。結構冷や汗のものだった。


唐丹駅に。まだ釜石市内のはずだが、ずいぶん海も山がちに、山側は林が多くなってきた。この駅も林の中にあるかんじだ。

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列車交換でしばらく止まっていたが、その交換相手は仙台から来た下りのリアス・シーライナーだった。

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下り列車の方が混雑していたように思う。客層も微妙に違うようだ。下り列車の多くの人が、上り列車の方を見ていた。同じようにシャッターを切っていた。おそらく、私以外の上りの列車の人も同じことをしていたのではあるまいか。これが、長距離列車の乗客同志の連帯感というものだろう。

南リアス線区間では、釜石を出ると既に検札が始まっていた。駅間も長い訳ではないので、車掌氏は、検札してきっぷを売ってドア開閉業務へ行ってと往復を繰り返していた。南リアス専用のフリーパスを買い求める。「30円ありませんか」と聞かれたが、釜石で10円玉を使い切ってしまって1000円札しかない。申し訳ない気持ちでない旨を伝えると、「少々お待ちください」と言って小銭を補充してきて売ってくれた。流石に切らすことはないのだろうが、同じような旅を考えてらっしゃる方は、素直に30円くらいはキープしておきたい。


盛駅に着く。上りシーライナーの盛での停車時間は短い。以前書いたが、三鉄区間の終着とは思えないこじんまりとした駅だ。この駅では、居並んでの見送りだとかいったものは確認出来なかった。しかし、南リアス線区間から来ると、この駅がやはり「ターミナル」だということが分かる。進行方向も変わり、座席を回転させる。

大船渡線区間からは、再び通過駅も増える。大船渡駅すらも通過していくのだ。これまでの乗車区間を比較してみると、八戸線……これは砂浜を見て走る区間もあるくらいだが、久慈近くの後半部はのどかな田舎を走るほのぼの区間だ。北リアス線は、山の中と海の断崖絶壁を走る路線である(笑)。山田(海)線が実は、海が意外と見える路線だったりする。山がちというほどでもない。海沿いに暮らす人々の家を見て走る。南リアス線も山中を走るが、見える海は皆どこも港のテイストである。大船渡線は予想以上に内地を走っているが、林の合間に見える海はそれぞれに景勝地で港の体ではない。


列車は大船渡線区間を一気に駆け抜け、気仙沼へ到着。気仙沼からは南三陸4号に併結、5両編成となる。

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増結した定期列車である快速・南三陸、その日は「1両目の冷房が効きません」とのアナウンスがあった。言われてみれば、リアス・シーライナーは八戸からずっと涼しかった。

ここで、少し力尽きて寝てしまう。気仙沼線も車窓の左側は雄大な港が広がっていることが多い。だが、右手に見える山がどんどん低くなり、水田が広がっていることが多くなっている。豊穣な宮城の米を想起した。気仙沼から、盛で開店した座席がどうもがくがくして不安定であったので、海が望める進行方向左側の座席を諦め、右側の座席へ移った。その左側の席には、母子が。疲れて眠る幼子に、自分の服をかけてあげるまだ若いお母さんの姿を見て、すこし切なくなった。


小牛田着。時刻表・パンフレットでは到着時刻が書かれておらず分からなかったのだが、下り東北本線の17時31分発一ノ関行き(543M)に接続しているようだった。これに乗れば、2時間弱早く家に帰れるのだが、一ノ関で1時間待ちを食らうのが痛い。仙台まで完乗を目指すこととした。小牛田からはノンストップで仙台へ。


仙台に着いた。

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仙台ではそんな時間もないので、ヨドバシカメラに寄ってみる。が、時間もあまりつぶれなかったので、さっさと東北本線へ。…すでに混んでいて座れない、発車20分前なのに。仕方なく立つ。隣駅の東仙台で、けっこう人が降りた。運がよければこの駅からでも座れるようだ。


一ノ関駅へ。40分近く待ち。いつもここは接続が悪い。いつも西口で飢餓になっているので、今回は東口に下りてみた。

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西口以上に何もありませんでした。本当に有難う御座いました。


一ノ関からは爆睡する。気がつけば北上。目の前をたいそうきれいな女性が降りていくのが見え、ぱっと目が覚めた。

盛岡へ。よく考えてみれば、さんさ踊りの期間中である。盛岡から先も混んでいるかと思ったが、きっぷも1人待ち程度で買えたし、4両に増結された列車も、混雑度はいつも以下だった。無事帰宅。


リアス・シーライナーは、企画モノトレインとしては大変に面白い。だが、時期がお盆とはずれており、家族連れを観光に巻き込めていないきらいがある。イベントも運転初日だけのものが少し多く、残念だ。リゾートしらかみの「蜃気楼ダイヤ」のようなものもないので、私のようにスルーでパスされることもしばしばだ。駅で列車交換の時間を要するところも多いので、駅のホームで金を落としてもらえるような仕組みがあれば面白い。

もちろん、宿泊込みの観光引き込みも当然必要である。事実、おいしい海鮮物を食し、のんびり旅するのが良いに決まっているのだ。この沿岸地域の人々は、かなりゆったりとした生活をしているように見える。だから、その人たちにとっては、慌ただしく浄土ヶ浜・北山崎・岩泉龍泉洞と渡り鳥旅行をしていく人たちが奇異に見えるそうなのである。ある種の哀れみさえも持たれているかもしれない。だが、そういった観光のときにも便利なのは、三鉄<バス<マイカーだったりするから困ったものである。逆に考えると、このゆったりとした流れを三陸鉄道で味わうのが、本当の「ゆとり」に違いない。40分くらい駅でぼーっとしても良さそうなものである。三鉄は、のどかな駅ばっかりである。きっと、悩み事も20分考えたら考えるのに飽きてしまうに違いない。人のあたたかみを知りながら海なのに山の中を味わえるのが、岩手県沿岸地域である。

*1 小牛田以南の東北本線区間では特に差異もないだろうが

*2 「よくきましたね」という意味で、この地方では同じベクトルの向きながらバリエーション多い語彙の沿岸バージョンだと思われる。メモしたのですが、もしかしたら聞き違いがあるかもしれません

*3 (追記)間違い訂正しました

*4 5年前に聞いたときは、すぐに売り切れてしまうのだと駅売店で聞いた記憶がある

*5 南リアス線区間ではワゴンで販売していなかったけど

[ETilog9][Computer][Mac] ことえりに激怒

今回、上のエントリ(「リアス・シーライナーに乗る」)は、事情があってPowerBookで書いたのだが、思う通りに書けないのなんの。理由はことえりが馬鹿だから。最近ブログをやたらと書くようになってそれまで気にならなかったMS-IMEですら馬鹿に思えるようになってきているのに、ことえりはそれ以上。タイプミスを吸収する機能がない分、私のストレスも余計にたまると。うーん…


2006/08/14(Mon.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Mobile] それでも私は、あなたを選ぶ◇2

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むしゃくしゃして買った.

ウィルコムなら何でもよかった.

今は反省している*1

*1 1回払いで買ったことを

[ETilog9][Web] 新しいMy Yahoo!

My Yahoo!は使ってますよ。だらだら現実逃避気分転換にニュースチェックするのに、Yahoo! NewsのトップでなくMy Yahoo!を使うようにしてました。

で、今回のリニューアル。1回移行してしまうと戻せないということで迷ったんだけども、「新しいMy Yahoo!に移行できます」って文字が目立ってじゃまっけな上に、文字広告まで入るようになったので、諦めて移行。

ちゃんと、現在あるすべてのモジュールがあったので一安心。Yahoo!やニュースサイトの「イメージ」でも、すべてのモジュールがこれまでどおり使えるって写真イメージがなかったので不安だったのだ。

ただ、文字が小さい……これについては公式ブログで

、「テーマのカスタマイズ」ページで各コンテンツの「タイトル行」「サブタイトル行」「テキスト」のそれぞれについて文字サイズを変更できるので、自分に一番合った文字サイズで使ってくださいね。

[Yahoo!ブログ - マイ★ブーム ~My Yahoo!編集部ブログ~より引用]

と書いてある。それを見て設定すると、たしかに字は大きくなったが、「幅の狭い列」と「幅の広い列」で大きさが同じなようにしか見えない……以前は幅の狭い列の文字は小さく、幅の広い列の文字は大きくなっていて、いじれなかったけどバランス良かったものだが……やっぱ改悪か?

JavaScriptを使ったページに移行すべき時期が来ているのはわかる。。。だが、結局My Yahoo!のRSSリーダーは使ってないしなあ(登録はしたが、結局前文配信のものは全部読めるBloglinesやlivedoor Readerのほうが便利だと気づくわけだ)。

まあ、Safariはダメとか言われないだけでも御の字か。。。

[ETilog9][Computer][Mac] Power Macintosh G3

なんだろね、これは?

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2006/08/15(Tue.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][時事ネタ] 首都圏で大規模停電

こっちも雷で停電食らってるのに、やっぱトーキョーで停電があると大騒ぎだよなーとか朝ニュースを見ながら思っていたものだが、今回のはそれだけのニュースバリューがある大規模停電でしたね。

で、気にはなっていたのだけど

14日の記者会見で東京電力の吉田薫・広報部報道グループ課長は「賠償を求めることになると思う」と述べ、送電線破損に伴う損害賠償をクレーン船の所有会社などに求める方針を明らかにした。

[大停電:想定外の幹線損傷、人口密集地を直撃-話題:MSN毎日インタラクティブより引用]

やっぱ賠償請求するのね。

鉄道各社が損害請求しないって方向らしいから、代替は損害額を実費分請求することになるのかな…それでもお盆中に呼び出して対応させた人件費だけでも莫大なものになりそうだが……

コンピュータ界隈では、「Power Grid」だと電力線供給網に喩えられて資源の動的割り当てが謳われているけども、現実はやっぱ難しいんだなあ……まあ、これだけの災害で3時間で復旧できるのならグリッド環境でも御の字な気がしてならないけども。


2006/08/16(Wed.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Diary] 最近食欲がない

いよいよ夏バテか…ま、これでダイエットかな?!

でも、食べるときは周りの人より量を食べている気もするなあ…

背が高くてやせているように思われますが、その内実は……

[ETilog9][mono] 愛機・Caplio RXが不調

先日の記事の写真をよーく見ていただけると、横に線が入っているのがお分かりになられませんでしょうか。明るくてフラッシュたかなくて良いところだと、画面が真っ白です。べつに長時間露光しているわけでもないのに……マニュアル読んでみたけど、該当する項目は特になかった。

これは修理か~とおもってみてみると、

【夏休みのお知らせ】

まことに勝手ながら以下の期間、夏季休業とさせていただきます。

・リコー修理受付センター:8月12日(土)~ 8月20日(日)

[製品情報 / デジタルカメラサポート情報 修理について | Ricoh Japanより引用]

これだからメーカーは…いや、お盆休みが存在しないIT業界や通信業界がおかしいのか?

こういう記事も昔出てたけど、それじゃあないよなあ→リコー、「Caplio RX」など10機種にCCD不具合


2006/08/18(Fri.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Web] 今年の7月で

7月はブログ遮断月間だったのでつい書き損ねましたが、今年の7月でこの私がインターネットデビューして10年になりました。10年前の8月の頭には、下北沢のOdakyu OXでASAHIパソコンの記事でHTMLが書けることを知りホームページを作り始めました。そういった意味では、1996年というのは私にとってはひとつの転換期であったともいえますね。

その10年前の7月に28.8kbpsのモデムをプレゼントしてもらって、ニフティやらアスキー・インターネット・フリーウェイなんかにつないでいたわけですが、当時はテレホーダイにも入っておらず、タイムプラスでがんばってました。そんなんで、毎日ネットにつなぐなんてことは出来ず、週1日日曜日の早朝8時までにインターネットにつなぐなんてことをしてました。当時見ていたのは、秋葉原マップ、マイクロソフト公式ページ、LOGiNのページといったところでしょうか。そのときはInternet Explorerなんて誰も使ってなくてみんなNetscapeを……なんて昔話は、きょうはやめときます。

幸い、すでにYahoo!JAPANは解説されていたので、そこから興味のあるカテゴリに登録されているページを全部訪問したりとかもしてました。

私は幸運にも、かなり早い時期からインターネットを経験することが出来ましたけど、もっと幸運だなって思うのは、94年~96年に大学生だった人たちじゃないかなーとか思います。日能研OB会の会誌「ユリウス」なんかで、大学のネットワーク環境でMosaic立ち上げてるなんて記事が出てたことがありますけど、当時から一般のダイヤルアップではない回線で経験積んだ人はそのアドバンテージをうまく使っているなって気がします。とはいえ、「あとから来た人たち」も、先行者利益(既得権益か?)を活かしきれないウェブサイトを尻目*1に、ネット経験の優位性だけでなく、本質的な優位性を生かして情報発信しているなあって思います。

年々、得ることが出来る情報は濃くなっていることを感じます。自分がもらった分も、何か自分の得意なところで誰かの役に立てることが出来ればな、と思ったりします。あんまり気負わず、書きたいことを書いてリソース増大につながればという気持ちは、9年間くらい変わってません。

次の10年後にも、ネットはあるのだろうかと考えますが、「ない」と言い切りたくはなかったりもします。悲観的な意味ではなく、どうなってるか分からないダイナミズムのほうがいいやってだけなんですけどもね。

*1 自嘲気味に書いてみた


2006/08/20(Sun.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Diary] きょう見た夢

8月なのに岩手に雪降る夢見ました。

俺もだいぶ落ち着いてきたものだ。


2006/08/21(Mon.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][野球ネタ] 高校野球決勝で再試合

いや、その時間自宅にいたからテレビで見ても良かった気がするんだけども、とりあえずYahoo!の速報でチェック…してたら15回まで決着つかず。こういうときはやっぱり後攻のほうが優位だなあ…

両校ともに1点を守り切り、延長15回で引き分け再試合となった。

[Yahoo!ニュース - 時事通信 - 両投手譲らぬ好投=高校野球・駒大苫小牧-早稲田実より引用]

去年、9月に苫小牧駅へ降り立ったときは、まだ興奮冷めやらずって感じだったなあ。北海道にいる親戚も、駒大苫小牧の話は出さずにはいられないようだった。

それよりもびっくりしたのは……

試合後の「ANNスーパーJチャンネル」、両校の地元の声ってのを出していたんだけど、早稲田実業の在校生の声で最初に出てきたのは女子生徒! おい、早稲田実業って男子校じゃなかったっけか?…と、そういえば早稲田実業は共学になったんだっけ、と思い出した*1

男子校が共学化するのって、なんかフクザツだなあ。。。

*1 えー、自分が受験するってときには早稲田実業は男子校でしたさ。でも、2科目受験校だったからいち早く受験候補から外したんだったような… ※中学のほう


2006/08/23(Wed.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][野球ネタ] 今年2回めの岩手での楽天戦

まあ、平日で観客1万人越えなら良かったのではないか。

プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスは22日、盛岡市の岩手県営野球場で日本ハムに3〓10で敗れた。本拠地・フルキャストスタジアム宮城(仙台市宮城野区)以外では、今季最後の主催試合。球団史上初の5連勝はならなかったが、スタンドに詰め掛けた1万800人のファンが熱い声援を送った。

[羽ばたけイーグルス 楽天人気、広がり着実 盛岡で本拠地以外最後の主催試合より引用]

岩手県営野球場は、アクセスがいいのか悪いのか分からない中途半端なところにある。いや、OROパークや山形県営球場や宮城スタジアムに比べると

市街にあるだけ良いのだが、交通渋滞がひどくなってしまうようで。

新庄のメモリアルヒットや、その新庄や小笠原、楽天山?選手のホームランまであったのだから、いい試合だった気がする。

しかし、さすがに4月にここでナイターは悪い冗談だよなあ。松坂もカイロつけて投げてたって。来年あたりは、秋田・盛岡の2連戦になっていそうだが。まあ、夏休みシーズンのナイターなら1万人入るのだったら、あとは6月初旬、宮城が梅雨入りしていても東北北部が梅雨入りしてない頃を狙ってくんでくれればいい気がする。

とか書いておいて、とてもじゃないけど行ける日程ではありませんでしたー。もう盛岡で野球を見ることなんてないのかな。寂しい。


2006/08/25(Fri.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Diary] 最近疲れが取れない

食欲がない、の次はやっぱり疲れが出るようになってしまっている。うーん、完全な夏バテではないか。今年の夏は岩手暑いぜよ・・・・・・

[ETilog9][Diary] 書きたいネタはあるのだが

とりあえず、来週はアメリカ出張なので、それが終わってからということになりそうだなあ。

[ETilog9][Computer][Mac] 当たり!

今回米国で行われるリコール対象は米国内で販売された110万パックだが、さらに70万パックが米国外で販売されているという。

[ITmedia News:iBook、PowerBookのバッテリーもリコール対象により引用]

まあ、該当したわけですが。。。

米国でこれだけ出てたのかとすこしびっくりした。


2006/08/27(Sun.) [長年日記] この日を編集

[ETilog9][Diary] そんなわけで

明日から初海外です。でも、観光目的ではありません(現地行ったら説明するのが面倒なので観光って言うだろうけど)。そんなんで、準備がてんやわんやです。だめです。

そんなわけで、無事に帰って来たらまたいろいろ書きたいと思います。


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