«前の日(07-17) 最新 次の日(07-19)» 追記

ETilog.net

2004|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|10|11|12|
2013|01|02|03|04|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2019|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2020|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|

2004/07/18(Sun.) (削除) この日を編集

[Diary] きょうも

エティログの更新のためだけに大学に来ている感が_| ̄|○

[Computer][Mac] エティログサーバ

PostgreSQLなりMySQLを入れるには共有メモリの大きさの問題などいろいろあるようだ<10.1.5

いい加減駄目かなあ…かといってPanther買う金はないし,このサーバって意味があるのか…いや,エティログ専用サーバ兼iTunes専用機兼ファイルサーバとして役には立っているが(専用になってないじゃん)

[時事ネタ] 小話

なっちゃんとみっちゃんに小話をせがまれたので今更ながら.

曽我ひとみさん一家がきょう羽田に到着されましたね.病院までバスでの移動だったわけですが,そのバス後ろの窓には「FUSO」の文字が…

……それだけです,すみません.

[Essay] 我が体験的個人ホームページ論

私がホームページを始めて公開したのは1997年の初頭.ホームページ作者歴はそこそこに長くなる.もっとも,94年から95年にかけて大学生になっていた人たちが,おそらくは最初のインターネット世代なのかもしれないが.

そんなわけで,私がどのように個人でホームページを運営してきたか,その思いについて以下にまとめてみることとした.

「完全戦国年表」も,戦国系ホームページでは老舗に分類される時代が来てしまったようだ.もっとも,その歴史の2/3は更新休止していたわけだが.当時は,今からみればびっくりされるのかもしれないが,「Yahoo!Japan」には申請すれば登録が認められるような時代だった.だいたい,私がインターネットを始めた96年夏には,「戦国時代」のカテゴリに4件しかホームページが登録されていなかったような記憶がある.

私が,ホームページを運営する際心がけていたのは,「オンリーワンを目指す」ということだ.Only One=No.1なわけで,1位になるには1人中1位になるのが手っ取り早いというのが私の結論であった.事実,「MACHIDA PC MAP」は町田にPCを買いに行くのなら真っ先にチェックすべきサイトという位置づけになった*1.「完全戦国年表」に至っては,何故かいまだに戦国時代系サイトの中で「年表」を前面に押し出すサイトが出てこない.むかし,あるホームページが年表をベースとして来ていたので,こちらも負けられないと思っていろいろコンテンツを増やしていた時代があった.そしたらある日,そのサイトは「『完全戦国年表』の方が,内容も充実していてお勧めです」と出してきた後,しばらくして閉鎖してしまった.そのように書かれる事は嬉しかったが,ライバルがいなくなったことは寂しい思いも感じたものだ.

「完全戦国年表」は,私が戦国時代の出来事に関して,手元にある年表が日付まで書いていないことに不満を持ったことから生まれたサイトであった*2.更新せずとも一定のアクセスがあるのは,同様の不満を持つ方のニーズにぴったり対応出来ているからだろう.日中には,企業や地方公共団体からのアクセスが意外と多い.ビジネスで調べ物をする際に使われている図が想像でき,嬉しくも少しびびっている(笑).

「完全戦国年表」が他の同業種サイトと比べて比較的特筆されるのが,教育分野での利用が多いことだろう.これは,私が今の仕事を始める以前にあった傾向で,小学校で戦国時代を扱う6・7月には「きっずgoo」からのアクセスが多くなる.自分のサイトが教育に使われる時代が来るとは,世の中分からないものである.

今,「完全戦国年表」はgoogleで検索結果の比較的上位に来るが,これは先行者利益というものだろう.古くからやっていれば,リンクを張ってくれるところは多くなる.ただ,「完全戦国年表」の大きな特色としては,普通の個人ホームページ—プロフィールがあって,趣味のページがあって,掲示板があって—というようなサイトのリンク集に,「趣味・戦国時代」のカテゴリとしてぽつんと,「完全戦国年表」へのリンクが張ってあるケースが多いことだ.これは,他のどの戦国系サイトにない傾向だ.

さて,個人ページからのリンクが多い「完全戦国年表」に対し、一方の「MACHIDA PC MAP」は大手サイトからのリンクによって認知がひろがっていった.「秋葉原マップ」にリンクしてもらったときは非常に驚いたし,嬉しかった.町田市ならココ!というサイトから入ってこられた方もいた.位置づけとしては「個人ニュースサイト」で不定期更新だったために,更新されているのではないかと期待されてアクセスされることが多かった.一度知ってもらうとリピーター率は高かったわけだ.この点は次から次へと客が変わる「完全戦国年表」と大いに違う点だろう.「MACHIDA PC NEWS」や「抜き打ち価格調査」のコンテンツは結構な反響があった.なにせ,印刷されたものが店の中においてあったという報告がアルバイトの方からあったくらいだ.私としては「完全戦国年表」よりは片手間的な思いつきページだったのに,気がつくとアクセス数では「完全戦国年表」の2倍ペース,そうなると更新もこっちに重点が置かれるわけで,そうするとさらに反響があり…と良い循環だったのではないかと思う.

「完全戦国年表」も,「完全戦国年表・第三版」によって内容がある程度形づいた.戦国武将を紹介するコンテンツが今でも多く見られているようだ.「日本の城リファレンス」は私が日本之城研究会の後輩たちのために書いたものをそのまま載せたものだが,多くの人に「役立つ」と思われる一方,専門家と称する某大学の某研究室から苦情を頂いたり,「『人が飢え死にするのを見るのが好きな豊臣秀吉』とは何事か」*3と苦情を頂いたりすることもあった.ただ,今でもメインなのは年表本体の部分だろう.特に,「新暦換算」は,他のサイトにない特色であり*4,今からジャスト何年前の出来事か分かる便利な機能だ.

また,私は新技術の導入にも貪欲に挑んできた.スタイルシートの導入,IE4のアクティブチャンネルへの登録に挑戦したとき,CSSやCDFをいじるのは楽しかった.中でも当たったのは「iモード版」「J-SKY版」の携帯向け版の作成だ.これによって,雑誌やWebサイトでの紹介がバブル的に増えた.結構,ケータイでだけの閲覧者もいるようである.

と,ここまで書いてきて見て来ると,私はホームページ作者としては比較的尖がったことをして来ていると言えるかも知れない.個人ホームページというと,よく雑誌などで紹介されるのは,「息子の成長日記」だの,家族の紹介があるコンテンツだろう.あとは,先ほども紹介したような,自分の趣味を雑種多様に織り交ぜたページ構成になっていることが多い.だが,ロボット型検索エンジンが幅を利かせるアメリカとは違い,ディレクトリ型検索エンジンが重きをなす日本では,シングルテーマパークでないと流行らない傾向があるのではないか.戦国時代の年表ならココ,町田でパソコンを買うならココ,ニュースを知るならasahi.comと.

私は,企業がやるようなサイトと肩を並べるべく更新してきた.インターネットで一旗あげたかった.だから,普通の個人ホームページみたいなものは作りたくなかった.もっとも,現在のホームページは個人ホームページっぽいつくりになっている.これは,ロボット型サーチエンジンの発達の側面を考慮したものだ.

個人ホームページは自己満足だという.私は基本的にはその考えは正しいと思う.普通の親バカ日記で自己満足するもよし,私のように「年表ナンバーワン」を目指してやるもよし,である.面白いのは,その自己満足によって誰かの役に立てるという点だろう.あなたが持っている情報を公開することによって助かる人がいるかもしれないのだ.

私は,今「完全戦国年表」を使って試してみたい技術がたくさんある.そんなわけで更新したいのだが,物理的時間の制約があるから,ちょっときついよなあ…

*1 PC shop streets in Kanagawaというページはあるが,あくまでone of themという位置づけなので

*2 今だったら「クロニック戦国全史」がある.この本が先に出ていれば「完全戦国年表」はなかっただろう.

*3 ちなみに元ネタは「信長の野望・天翔記 マスターブック」である.ちなみにこの本では「完全戦国年表」が紹介されていたりする.

*4 幕末系サイトでは比較的備わっていることが多い

[ETilog] ということで

昨日消えた文章をもう1回書いてみてしまいました.昨日消えたのは原稿用紙8枚分近くということがわかってしまったわけですねw

うーん,その時消えた文章はもう戻ってこない.寂しい.流産の悲しみと書くと,そんな重大事と一緒にするなとお叱りを受けるだろうが,いなくなった子(文章とて「子」です)は戻ってこない.

まあ逆に言えば,流産とは違うわけですから,ポジティブに行きましょう.

しかし,ウェブブラウザのフォームでESCキーを押すと全部消えるのは(しかもアンドゥ不可)IEだけっぽいいよ.キャッハッハッハ★

[時事ネタ] 厚木飛行場の騒音は私の人生でNo.1の騒音である

http://www.asahi.com/politics/update/0717/003.html

結局,国内でたらいまわしになってしまうわけですな.非常に憂鬱である.これ以上のコメントは政治発言になるので,差し控えますが.

[Computer][Windows] IEフォーム

ESCで全部消えるという話に対して,なっちゃんがAreaEditorというのを教えてくれた.これから試してみたい.Windows使いでもないのに,ちょいと見つけるなっちゃんに乾杯.

…素直にEmacs編集にするかIEから乗り換えるのが良い気もしてきたが…やっぱりSwitchですか?


2005/07/18(Mon.) ちょうちょ達の哀歌 この日を編集

[Diary] Kもん撮影会

Kもんが少しばかり髪を切ったので、さっそくデジカメでKもんをモデルにして何枚か撮ってみた。滴り落ちる若さが放つ魅力だらけの写真が撮れた。

[ETilog] 少しずつ

書こうという意欲が回復している感がある。自分が上げ潮じゃないと、公害にならない文章はかけないよな。

[Diary] しかし

スタックが消化し切れていない時に限って、大学の外で雑事が舞いおりる。まあ、種をまいたのは自分だといえばおしまいだが。

[Diary] 教える側、教えられる側

あのRubyのまつもとさんが、あの(株)ソフトイーサの人々が集う筑波大に集中講義に行かれたらしく、教える側、教えられる側双方の日記が見られて、面白い。

[研究] 問題なのは

院生PC不安定なので、仕事も出来ない。

[野球ネタ] 最近楽天が強い件

きょうはやっとヤフドで初勝利。7月の月間順位だと2位だったり、交流戦後順位も良かったりと、見ていて本当に気持ちが良い。厳しい競争を勝ち抜いて1軍戦に出てくる選手が結果を必死に残してくれている。心が晴れ晴れとするいいチームになった。

それに比べて読売は……暗澹なる気持ちになってくる。ペヤング!ペヤング!!

[研究] 今週は

レポートも来週には立て込むので,態勢の立て直しを行なわねば.

[ETilog] 更新すると

アクセスカウンターが上がりますな。最近話題ある内容、ネタ振りも出来なくなってきたので、ここらで一発また何かかますかな。


2020/07/18(Sat.) あとちょっと この日を編集

[最近] 変転

東京と岩手が戦争になったら岩手側に付くつもりだったのだけど、入国拒否のようだしな。この俺が散々否定されてきた東京の立場に立って地方批判し出す地獄絵図もあり得るのか。世も末だなあ。


伏見城に入城しようとしたら拒否されて西軍についた島津義弘はこんな感じだったのだろうかね。

[雑感] 気づいてしまった

「東京を石もて追われて地方に...」というのが俺の自称するストーリーだったわけだけど、出身高校が俺を否定したことがあっても、東京が俺を否定したかっていうとそうでもないよな(迫真)


どちらかというと、出身高校以上に出身大学のほうが俺のこと否定してんだよな。ホント予想外。出身高校が俺を否定してくるのは俺が抗う道を選んだからという側面があるが、出身大学はホント解せぬ。

[Diary] 博多祇園山笠

中止……ではなく来年に延期になってしまった博多祇園山笠。ふんどしとは言わず締め込みというのですね。

https://www.hakata-yamakasa.net/word/shimekomi/より

「ふんどし」は下着であるが、『締め込み』は儀礼装束であるという大きな違いがある。

勉強になることが多い


«前の日(07-17) 最新 次の日(07-19)»

何かあればwebmaster@etilog.netまで